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深夜、何もかもが寝静まった頃

遥か北東の地で一つの光の柱が現れた

次第に光は輝きを失い、後にはまた静寂が訪れた

場所は変わり、天神町にある蒼黒神社のある一室

 

「ぅ・・・兄、上・・・」

 

酷くうなされた表情を浮かべた青年

名を邪狼という

そう、この世界を創った神である

その彼が自身の見る夢に苛まれているのだ

その顔は苦痛とも苦悶とも、ましてや苦悩とも取れる表情だった

その右手は胸を押さえ、左手ではシーツを握って何かを堪えている様だった

 

邪狼「っ!・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

我慢が限界に達したのか、はたまた決定的な事が起こったのか跳ね起きた

体全体がジメジメして気持ち悪い

大量の汗によって寝巻きに限らず髪まで濡れていた

乱れていた呼吸を時間を掛けて鎮めると、一言呟いた

 

邪狼「・・・何故、今になって兄上の夢を・・・?」

 

彼はまだこの時知らなかった

例え彼がこの世界を創った神であろうとも

己が心に秘めて忘れようとしても忘れる事の出来ない過去が、時を越え世界を越えて己を追って来た等と

この時点では知る由も無かった

 

外伝「千年戦争編」

続く

 

 

その日、蒼黒神社は騒然としていた

各国の情報機関が列挙して押し寄せる異例の事態

昨晩の事があって遅めに起きて来た邪狼は、その光景に一抹の不安を覚えた

アムリガという国では演習中であった空母が消息不明になる事件があったと言う

またルジアという国では一つの山が一瞬で焦土と化したと言う

そして弐本の研究所は遥か北東に存在する王国で謎の光柱現象を確認したと言う

では何故彼等は揃って蒼黒神社に来たのか?

お門違いではないのかと疑問を呈するだろうが・・・

 

邪狼「北東・・・ラグシャナか」

 

ラグシャナ

遥か古代に此処とは違う世界で繁栄を極めた王国の名

しかし時代の王に二人の息子が生まれた事により、その長い歴史に亀裂が走る事になる

自己顕示欲が強く傲慢な兄と、自由奔放だが心優しい弟

彼等は決して仲が悪かった訳ではなかった

しかし弟の優し過ぎる性格が災いとなり、兄の怒りに触れ争いが起きた

最初はただの兄弟ゲンカの様だった争いは、何時しか数を増やし国が分かたれる事態になってしまった

最後にソレを終わらせたのがどちらかは分からない

彼等が死しても終わらなかったその戦いは、後に千年争いと呼ばれその世界の歴史に刻まれた

 

「それは知っている、その王国を北東の地に再現したのが貴方様だという事も」

 

「だがその王国と我々に何の関係があるというのだ!」

 

「異世界の争いを他の世界に持ち込まないで欲しいものだ!」

 

そう言って批判や論議をし始めた各国の人間達を横目に邪狼は震えた

昨晩のソレはもしやこの事を感じ取ったからではないか

ならば早目に手は打てたというのに・・・

その様子を流石に心配してか、蒼麻が訊ねる

 

蒼麻「お、おい、大丈夫かよ?」

 

邪狼「兄上は・・・まだ争いを続けたいと仰るのか・・・?」

 

蒼麻「・・・親父?」

 

蒼麻は邪狼の事を普段親とは絶対に言わない

だが目の前に居るその人が、あまりにも自分の知っている人物とは違って見えたが故に

何故か遠くに感じてしまったが故に、知らず知らずの内に口から零れ出ていた

自分よりも飄々としていて、どんな時でも己を見失わない父の様な存在

口に出す事は無くても心の中では尊敬していたその父が、肩を震わせて恐れている

ソレが何に対してなのかは今の自分では到底理解等出来ない

 

蒼麻「・・・赤」

 

赤「ああ、分かっている。既に準備は済ませた」

 

理解は出来ないが手助けは出来る

父の恐怖を拭い去る事は出来る

だから、と蒼麻は拳を強く握って未だ見ぬ王国を睨んだ

見守って、励まして、それだけじゃ駄目な時だってある

家族の問題は家族が解決する

例えこの関係が創られた物だとしても・・・本当の家族の様に思ってる

今はそれで良いんだ

 

続く

 

 

広大な運河に囲まれ一本の橋だけで行き来する事の出来る王国

赤の用意した移動手段は何て事は無い、ただの猟犬だ

社務所兼住居スペースの隣にある車庫に停められていたのを勝手に借りてきたのだ

二人乗り用には設計されていないので、これまた勝手にサイドカーを取り付けた急拵えだ

シートから降りて最初に口にしたのは驚きの声

 

蒼麻「何なんだ、アレは・・・」

 

赤「城・・・なのか?いや、それにしては材質が鉱石に近い様な」

 

王国であろう場所の真上に浮遊する謎の物体

外観は城に近い形状をしており、時折淡い光の帯を周囲に展開している

 

「途方も無く巨大な水晶を加工して造られた、我が王国最大にして最強の兵器だ」

 

蒼麻「おy・・・邪狼!?」

 

赤「驚いたな、来ないものだとばかり思っていたんだが」

 

邪狼「誰が何時行かないなんて言った?ったく、勝手に猟犬を持ち出しやがって・・・」

 

額に手を置いてやれやれといった表情をする

先程の様子を見ていた二人からすれば、邪狼が現地に来るなんて一切考えつかない事だろう

だが現に彼は来た

痩せ我慢なのか、子供にさせる様な問題の小ささではないのか

理由は定かではないが彼の行動は真に過去と向き合う事に通ずる

確かに過去に兄弟の間に何があったのかは、当人達しか与り知らぬ範疇だ

が、この双子はそんなのは些細な事だと気にも留めないだろう

 

邪狼「これは俺達兄弟の問題だ、異世界の住人は黙っていて貰おう・・・・・・というのは無理なんだろうな」

 

蒼麻「当ったり前だぜ、テメエの兄貴だろうが何だろうが関係無え。悪役はブッ飛ばすだけだ!」

 

双子の兄は見え見えの照れ隠しで、悪だから倒すと言い

 

赤「叔父が世界を如何にかしようとしているのなら、これは家族であるオレ達が止めるべきだろう」

 

双子の弟は兄をフォローする意味も込めて、家族だから阻止すると言う

そのバラバラだが結局は父親の為だと言う二人の言葉に、邪狼は一瞬呆気に取られ・・・

次の瞬間には真っ直ぐ城を見詰めて不敵な表情で笑っていた

 

邪狼「今から其処に行くから首洗って待ってろよ、■%※Ψ!!」

 

蒼麻「え、ソレ何て発音すんの!?」

 

残念ながら邪狼の兄は異世界の人間の為、この世界の標準設定言語では発音出来ないのである

世界の壁は恐ろしく厳しい

 

続く

 

 

門を抜け王国の中央を目指す

其処に辿り着けさえすれば城へは直通らしい

 

赤「しかしこの建物の損傷は何なんだ?仮にも自分の国だろ、ここまで壊す意味は・・・」

 

蒼麻「戦隊物とかだと復活怪人の考える事っつったら一般人への残虐行為なんだがな」

 

邪狼「ソレもあながち間違ってないぞ。恐らく兄は城の動力に使ったんだろう」

 

空を見上げながら邪狼が言う

今も真上に浮かぶ城を起動させるには二つの条件がある

第一に礼拝堂に備えられた黒真珠の杯に起動者の血液を満たす

第二に城を浮かばせる為に必要な動力機関に火を点す

 

邪狼「元々あの城はその動力機関が動かせないという理由でずっと眠っていたと教えられた」

 

だが、邪狼の兄は動かす為の鍵を手に入れた

ソレは人間の魂。魂を糧に動く災いの城

あの時もそうだった、邪狼は中央に急ぎ走りながら回想する

争いが始まって数十年が経った頃、既に全国民が国外へと亡命し無人となった王国で

不意に兄は不敵に笑うと城を起動した

動力となる魂は周辺の街や国、村々等から搾取したとの事だった

確かに兄には万物の流れを操る力があったのは事実だ

邪狼にはソレを阻止する程の力が無かった事も事実

結局はあの時の焼き直しとなってしまった

 

邪狼「(だが、あの時の不甲斐無いままの俺じゃない!)」

 

漸く中央に辿り着くと、片膝をつき地面に彫られた円形のレリーフに手をかざして言葉を紡いだ

接続(アクセス)、その一言でレリーフは光輝き、瞬きをするよりも早く邪狼達三人の体はその場から掻き消えた

それは一種の電子機器の様な物で所謂ワープ装置だった

詰まる所、直通というのは言葉の綾でも何でも無くその通りの意味だったのだ

 

続く

 

 

城の内部は左右対称の通路が伸びており、外側からでは分からなかったが円形になっている様だ

リノリウムに似た床を鳴らしながら走る

時折ゴゥンと下の階層から聴こえてくる音は動力機関の振動音か?

壁には規則正しくはめ込まれた見目麗しいステンドグラスが並んでいる

その中の一つに目をやると、見えないだろうと思っていた外が見えた

遠くから眺めていた時と変わらず光の帯が時折流れたり消えたりを繰り返す光景

 

邪狼「あの光の帯が何なのか知りたいって顔だな」

 

蒼麻は考えていた事をズバリ言い当てられて内心凄く驚いた

が、本当の事なので否定する事無く頷いてみせた

 

邪狼「この城は一つの水晶を加工して造られたと言っただろう?アレはその水晶から滲み出た内蔵魔力だ」

 

蒼麻「宝石が魔力を貯め込めるのは知ってるが、元からあんな目に見える量の魔力を持ってたら容量超過で砕けちまうだろ?」

 

邪狼「それはこの世界の常識だろう。俺が生まれた世界では水晶は魔を生み出す石、それこそ無尽蔵に内部から生成出来るトンでもない代物だ」

 

赤「成程、するとルジアの街を一瞬で焦土にした兵器はその魔力を使って放ったという事か」

 

蒼麻「あん?サッパリ分かんねえな」

 

赤「つまり影裏の魔術と同じだ。1の強さしかない魔術でも、魔力ブーストで50倍すれば50の強さの魔術になる」

 

邪狼「そうだ、この城に格納されている兵器は水晶からの魔力供給により永久運用が可能となっている。謂わば魔術師の代用だ」

 

それが本当なら次弾装填に時間を必要とせず、尚且つ弾切れも起こさない理想の兵器だ

現代科学で最高と呼ばれる核等足元にも及ばないだろう

そもそも科学と魔術は違う

元々魔術でしか出来なかった事を、人類の進化により出来る様にしたのが科学である

結局科学は魔術の二番煎じでしかなく、先達あっての成果であるのだ

 

邪狼「・・・見えた!あの扉をくぐれば玉座だ!!」

 

嗚呼、されど扉をくぐれるのは正統なる血を引く王族のみ

血を持たぬ、異なる世界の徒は入室を許可しない

そして無常にも一人と双子の間に扉は落とされた

 

続く

 

 

分断された

戦力を分散させ一個撃破するのは兵法の一つとして数えられる

そしてそれを行ったのは紛れも無く邪狼の兄

玉座に頬杖をついて座る懐かしき姿は、忘れる事の出来ない血を分けた兄

 

「よお、億年ぶりか?」

 

邪狼「・・・兄上」

 

「嬉しいねえ、まだ俺様の事を兄と呼んでくれるか」

 

邪狼「兄上、貴方はまだ争いを続けたいと仰るのですか!?民を傷付け、兵を貪り、国を滅ぼしてもまだ!!」

 

両者の間に不穏な空気が流れる

不意に笑い声が上がった

金属の篭手をつけた右手で額を押さえて笑い叫ぶ

 

「クハッ、だーからお前は甘ちゃん止まりなんだよ。民は俺様を讃える為に、兵は俺様の覇業の為に、国は俺様が王になる踏み台の為に存在しているに過ぎん!」

 

誰に言われずとも理解していたのかもしれない

自分と仲の良かった兄は只の幻想で、最初から兄はこちらが本当だったのかもしれないと

事実から目を背けて、捏造された思い出で蓋をしていたんじゃないかと

そう思うだけで今までの自分が憎くなってくる

 

邪狼「兄上、一つだけお聞かせ下さい」

 

「何だ、言ってみろ?」

 

邪狼「何故・・・何故、彼女を殺したのですか?!」

 

「      」

 

邪狼「ぐぶっ!?っづ、ぎ・・・」

 

言い終わった途端体に鉄の塊が食い込んだ

否、それは黒く濁った巨大な剣だった

歪みも無く、曲線も無く、只真っ直ぐな鉄の塊の様な大剣

ソレを何の躊躇いも制限も無く軽々と振り回している

 

邪狼「兄、上・・・がはっ!」

 

「お前に、何不自由無く与えられていたお前に何が分かるっ!!!!」

 

容赦なく何度も何度も叩きつけられる

邪狼は蒼麻や赤の様な自己再生能力を持っていない

それこそ斬られた部位は血に滲み、叩きつけられた箇所は凹み青く変色する

遂には口から吐血さえするがそれでも終わらない

ボロボロの体になっても尚、倒れない邪狼を見て王は叫ぶ

 

「何故だ、何故そうやってお前は俺様に無い物を俺様の前に曝け出す!俺様に見せびらかすのはそんなに楽しいか、俺様を見下してそんなに嬉しいかっ?!」

 

尚も叩きつけは終わらない

斬りつけは一向に収まらない

 

邪狼「俺は別に何も要らなかった・・・俺が欲しかったのは、ただ、兄上の幸せな顔、だけ・・・」

 

「ならば何故だ。・・・何故アイツは、俺様ではなくお前を選んだのだ!?」

 

邪狼「ぁ」

 

ボロボロになった体を軋ませて、血で霞む瞳が揺れた

億年も昔の事なのについ昨日の事の様に思い出せた

幼い頃の俺と彼女と兄上の三人で誓った約束

大人になっても兄弟仲良く、そして兄上と彼女は将来・・・

 

邪狼「(何だ、それじゃあ元から悪いのは全部・・・)」

 

全部俺だったんじゃないか・・・

それを必死に否定して、違うと駄々をこねて

馬鹿らしいじゃないか、憎らしいじゃないか

兄上は何も悪くない

結局彼女を奪ってしまったのは兄上ではなく俺だったんだな

そりゃ怒るさ、死に切れないさ、憎悪だって抱くよ

 

邪狼「兄上・・・如何か一思いに・・・」

 

「何?」

 

邪狼「流石に遅過ぎだとお思いになるでしょうが、漸く兄上の真意が理解出来ました。謝っても謝りきれない」

 

「・・・・・・」

 

邪狼「ならばこの身で裏切りの代償を払うのみ。如何か一思いに・・・」

 

「良いだろう」

 

兄上は静かに頷き、鉄の塊を突き刺した

 

続く

 

 

玉座に続く扉が外側から吹き飛んだ

大きな破片となってガラガラと崩れた扉には無数の凹みがあった

 

蒼麻「クッソ、頑丈過ぎにも程があんだろうがっ」

 

赤「謳牙を使っても凹ませる事しか出来ないとはな。恐るべし、異世界の技術力」

 

この声は蒼麻と赤か・・・

遅かったじゃないか、とっくに終わってるぞ

本当は口に出して言ってやりたかったけど、それはちょっと無理っぽい

ま、自業自得だから仕方無えか

兄上・・・俺を殺せて満足だろ?

はは、血が目に入って前が見えねえや

あれ?これ、血じゃなくて涙か?

何で、俺・・・泣いて・・・

 

蒼麻「親父・・・それ、親父がやったのか?」

 

訊ねられて前を見た

俺の胸に鉄の塊は生えていなかった

代わりに兄上の胸に痛い位に突き刺さっていて・・・

 

邪狼「何、で・・・」

 

「さあ、何でだろうな?あの約束をした時に、お前が譲ってくれたのを思い出したからかもしれねえな」

 

邪狼「でも俺は・・・兄上から彼女を、奪って」

 

「それもよくよく考えりゃあよ、結局は取ったモン勝ちだよなあって」

 

邪狼「でもそれが原因で国が・・・ましてや兄上が被った汚名も!」

 

「確かに俺様は傲慢で国に何もしてやれなかったかもしれない。だけどよ、これ以外の終わり方で終わっても駄目だろ?」

 

「どうせなら悪役は死んだ方がよ、物語的にも後腐れ無えと思うんだよな。俺様は」

 

体が消えかかっている

心残りが無くなったんだろう

 

「俺様は多分天国ってトコには行けねえと思う、迷惑しか掛けてねえしな。なあ、俺が消えたら玉座に花でも」

 

言い終わる前にラグシャナ最後の王は息を引き取る様に光の粒になって消えた

邪狼はごめんなさいと何度も何度も呟きながら、涙が枯れるまで泣いた

それから数日が経ち、各国の混乱も収まった頃

邪狼は再び災いが起きぬ様に城を封印した

玉座に兄と彼女が好きだった一輪の花を添えて

 

終わり

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