テレティアの屋台はそれはもう美味ばかりであった
烏兎の羽焼き、腕黒牛の筋煮込み、ツァレッタチーズバーガー、スウォードポテトの半殺しポタージュ
産地直送・新鮮カルロッタを絞ったジュース、クコッタ卵を挟んだサンドイッチ、カナヤド牡蠣の魚醤蒸し
どれも匂いを嗅ぐだけでよだれがドバドバと滴り落ちそうな出来であった
ソフィーも当然ドバドバと出そうであったが、ケイネの隣に居たのもあって少し我慢した
・・・我慢しきれてはいなかったので、ジュルっとよだれを啜る音はその都度していたが、屋台の活気に搔き消されてケイネまでは届いていなかったのは幸いである
ソフィー「いやあ、美味しかったですねえ」
ケイネ「うむ、特にあの筋煮込みがな。脚白豚の揚げ焼きを食した事はあるが、腕黒牛も美味いとは思わなんだ。あれはリピーターになるのもやむなしじゃな」
ケイネの感想を聞きながら、ソフィーは脚白豚ってなんだろう?と思った
そもそも腕黒牛ってなんなんだろうとも思っていたが、脚白豚が居るのなら別におかしくないのかと、満腹感で上手く回っていない脳みそで結論付けた
恐らくこの考えはあと数秒で霧散する
それだけ美味の記憶しか今のソフィーには残っていないのである
ケイネ「しかし妾は体質故問題無いが、ソフィー、お主はこれだけの量を食して大丈夫なのか?」
ソフィー「いやまあ、実はですね・・・正直詰め込み過ぎまして、お腹が張って動きが緩慢になってます」
ケイネ「であろうな」
目に映った物を片っ端から買っては口に放り込んでいったので当然の帰結である
しかもトウマの国に来てからというもの、キリガラの襲撃の時を除いてほぼ運動をしていないのである
ちょっとしたストレッチや散歩の類はしていたが、激しい運動や戦闘訓練などはすっぽかしていたので、実は相当鈍っているのであった
ちなみにこの事がミラにバレると烈火の如く怒られかねないので、本人には「諸事情で」「已む無く」「行う事が出来なかった」と言うつもりらしいが
まあ、この手の場合100%間違い無くバレるので、ソフィーは若干どうにでもなれーと思っている模様
だったら何故言い訳を考えるのか?という問いには、言い訳出来る余地があるのならした方が減刑される可能性がある、と彼女は答えるだろう
では本当の所はどうなのかというと、残念ながら減刑は無い。現実は非情である
ソフィー「(なんか寒気がするなあ・・・)なので、少し運動してから帰ろうかと・・・うん?」
隣の路地裏からキュラキュラと音がして来るのに気付いた
あまり聞き馴染みの無い音だったので、注視しているとそれが出て来て納得が行った
ソフィー「車椅子だ」
ケイネ「KurMyth?」
トウマの国で初めて見る車椅子だった。というか地元でもあんまり見ない
車輪部分を手で動かしていないので恐らく電動車椅子
乗っているのは私達とあまり変わらない年齢の少女
髪色は黒檀。後頭部で縛ってポニーテールにしており、心根は活発的であろう事が窺える
瞳は銀に若干青みが混ざる。何処となく意志が堅そうに見え、意地でも折れない心の強さが感じ取れる
それなりに推測が混じっているけれど、私の勘は外れが少ないので9割当たってるかもしれない
さて、ここからは本題
腰から下はブランケットの様な布で覆われているから見えないけど、起伏があるので恐らく足自体は健在で、単に動かないか傷があるかのどちらかであろう事は分かる
それにしても路地裏は旧道だから、石畳に使われてる技術が表よりも古く削りも粗いのに、車椅子の車輪でよくスムーズに動けたものだなあ
そこまで考えた所で少女と目が合った
少女「あの、すいません。この辺りで大切な物を失くしてしまいまして。見てないですか?この位の大きさの宝石で・・・えっと、ねじれ双角錐って分かります?」
ソフィー「ねじれそう・・・?」
ケイネ「ああ、デルトヘドロンの事じゃな。ふむ、5cm前後の大きさか。此処は石畳じゃからな、誰かに蹴飛ばされてなければよいが」
ソフィー「???」
ソフィーは目の前で展開している会話の内容が理解出来なかった
頭上に?マークを浮かべているソフィーの顔に気付いたのか、ケイネが補足する
ケイネ「全ての面が同じ形になる多面体の一つじゃよ。ほれ、ギャンブルで使うダイスは六面体が主流じゃが、たまに八面体や十二面体が使われる事もあるであろ?あれらも面だけを見ると、八面体は三角形、十二面体は五角形になっとる」
ケイネ「その点デルトヘドロンは凧型・・・ふむ、十面体に近いのかの」
今手元に無いので説明が非常にし辛いが、と一つ付け加えて講義は終了した
ソフィーはムムムと唸って数秒目を瞑ると、おもむろに目を開けつつ「多分理解した」と眉間にシワを寄せながら言った
ケイネ「よいよい、現物を見つければ自ずと解る事じゃ。そういう訳じゃ、これも何かの縁、妾達も探してしんぜよう」
「い、いいのですか?何かこれから用事でもあったのでは」
少女は突然の申し出に少し困惑しながら答える
見てないかを尋ねただけなのに、一緒に探してやると言われたのでそりゃ動揺する
しかも自らの状態を鑑みると、一緒に探すのはかなり大変ではとも思っている
しかしその様子に復活したソフィーは待ったをかける、腹をポンと叩きながら
ソフィー「大丈夫ですよ。今丁度腹ごなしの運動をしたいと思っていた所なので!そのお体では隅々まで見るのは難しいでしょうし、私に出来る事なら何でも言って下さい」
ケイネ「うむ、妾もこの後は特に差し迫った用事も無いのでな。真に困っておるならば、猫の手ではなくこの老婆の手を借りるがよい」
桜花「あ、有難う御座います!。あの、紹介が遅れました、わたくし桜花と申します。お見知りおきを」
ソフィー「私はソフィア=インベルタークっていいます。気軽にソフィーと呼んで下さい」
ケイネ「妾はケイネという。して桜花よ、失うまでの経緯を話してくれるかの?」
桜花「お二人共、宜しくお願いします。それで経緯なのですが・・・出来れば笑わずに聞いていただけると助かります」
「「?」」
桜花は少し恥ずかしそうに目を伏せると、静かに語り始めた
第三十二雨
「サクラ、キュラキュラと」
完
