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フロータードパレスタが超弩級の雷雲に包まれる、その数刻前
ソフィーとテッドは途中まで一緒だったグラムと別れ、央都中心街よりやや外れた場所に居た
中心部から逃げて来る人々の避難を手伝っていたのである
それも一段落し、少し手が空いたので少々無駄話に興じていた

 

ソフィー「大丈夫かなお姉ちゃん、ここは私に任せなさいなんて死亡フラグめいた事言ってたけど・・・」

 

テッド「問題無えと思うけどなあ。俺はあの人が戦ってるトコをまだ一度たりとも見てねえけど、柔なタマじゃねえだろうし、そんなサクっと死ぬ様な御仁じゃねえだろ」

 

ソフィー「うーん、私もお姉ちゃんが戦ってる所はあまり見た事無いからなあ。小さい頃に戦闘教練をして貰った事はあるけど、致命傷を避けて回避主体で立ち回れとしか言われてないし」

 

ソフィーはその実、生まれがとても特殊なので身体能力は人並み以上に高いといえる
だがそれでも人の枠にあるので、人外特有の損傷度外視の戦術は相性が悪いのである
人間には時間経過で勝手に再生する異能なんて無いし、複数の体を切り替えたり、命のストックを何個も所持したりは出来ない
人間は人間なりの強みを生かさなければならないのである

 

ソフィー「確かにお姉ちゃんの言う事も解るんだよ?戦わなくて済むなら平和的で良いからね」

 

テッド「ふーん、我らが主は割と人間寄りの考えな様で。一度こっち側の思考になったら結構化けるんじゃねえの?」

 

ソフィー「えー?命を顧みない短絡的特攻思考とか完全に人間辞めちゃってるじゃん。私だって刺されたら血が出るし、殺されたら死ぬんだよー?そんな簡単に思考逸脱出来る訳無いじゃん」

 

テッド「思考の挿げ替えを『逸脱』って表現するとは思わなかったわ。・・・まあ、意味合いとしてはおかしくは・・・ないのか?」

 

ソフィー「そういうテッドはどうなのさ?戦闘行動を執れるキリガラはそういう思考でも問題無いだろうけど、テッドはあくまで情報収集がメインの役どころでしょ、人外の思考とか選択肢にはあっても中々選べないんじゃない?」

 

だって非戦闘要員は大怪我負ったら治るまで動けなくなるし
引き摺る足で戦闘に参加したら、それこそ文字通り足手纏いになるだろうし
彼はそれなりに自衛は出来るだろうけど、あくまで自衛の範疇に収まってるのであって、専守防衛や反転攻勢に出る事など出来ないのだから
武器の種別で農民が兵士に成り代わる事は出来ても、そもそも地力の時点で兵士足りえないので伸びしろは低いだろう

 

テッド「あー、まあ、そういうのは相棒に粗方任せてるけどよ。なんつーのかな・・・行動寄りの戦闘思考と、頭脳よりの戦闘思考ってやつで、出来る出来ないの分野は案外明確に別れてるもんなんだよ」

 

テッド「相棒が表で戦ってる時も俺は別に暇を持て余してる訳じゃなくて、見えない裏で色々考えて指示を出してるって訳。アイツが最初にお前を襲った時、なんで途中で矛先を収めて撤退したか解るか?」

 

ソフィー「・・・え、あれってテッドの采配なの?」

 

テッド「そんな高尚なもんでもねえが、様子見を持ち掛けたのは俺だ。アイツは興奮するとやり過ぎるタイプだから、あのまま続けてたらキズものになってたと思うぞ?」

 

ソフィー「という事は・・・テッドはキリガラの、実質安全装置?」

 

テッド「間違ってはねえよ。元々俺らの一族は同意した上で始祖に体を弄られてんだ。暴力装置と安全装置を同時に一つの体にブチ込むっていう、人間の社会だと二重人格って言うんだろ?それになってんだ」

 

二重人格は一般的に解離性同一性障害ともいうが
あれは強いストレスやトラウマを起因とした自己存在の損壊、それを回避する為に別の人格を形成するというものである
だがテッド達の様な主人を守護する為に生まれた一族は、元より強く在らねばならない故、人為的に肉体を改造する事で疑似的にこれと似た結果を複写投影する事にした
あくまで超常的な力を運用する始祖の助けがあったとはいえ、心身を歪める程の精神的作用を、息をするかの様に施す様は奇跡かつ異常である
何の副作用も伴っていないのが奇跡なのであり、神の如き隙の無い施術が奇跡なのではない
恐らく公になっていないだけで、数百年分の圧縮されたプロセスのお陰で一つの異常も検出されないのだ
構築・付与・検知・修正を一つのプロセスの中に圧縮すれば、プログラムが独りでに回帰するので、外部からの都度介入は必要無くなるという事である
これを奇跡、そして異常ではないと誰が否定出来ようか

 

ソフィー「ほぇー、始祖ってそこまで考えてたんだー」

 

テッド「さあな、結局の所は当人にしか知る由は無しって感じだが、予めそういうプログラムを仕込んどけば、どんな環境・状況・状態だろうが上手く回ると思ったんじゃねえか?」

 

頭の良し悪しというより、数が増えると手間の掛からない方法を模索した方がいい
これはそういう、考えれば考える程難解になりドツボに嵌るが、芯の部分だけ抜き出せば意外と単純であるという話だ
案外世界はこういう簡略化されたプロセスの積み重ねなのではないかと、ソフィーは思った

 

『でも、そう上手くは出来ていない。人の視点で、思考で、物の見方で、真に世界の理を解す事は出来ない』

 

ソフィーが心の中で呟いた言葉に、世界の何処かで誰かが答えた
心の中の発言に対して、知覚出来ないものに対して、その誰かは静かにこう続けた

 

『世界は常に閉じていた。見たくないモノから目を遠ざける様に、天と獄を繋いで壁にした。』

 

『指し手は壁を取り払う者を遣わした。彼女に悪意は無かったが、知覚外の事象で力は行使された。』

 

『ソレはただ見ていたかっただけに過ぎない。その黄昏時の行く末を。只人の執る行動を。』

 

ソフィーは耳に些かも残らぬ幽かな声に気分が悪くなった
聴こえた端から記憶の淵を転がり落ち、何を言われたか思い出せない
ただ優しく慈愛に満ちた様な声色だった気がすると、意味も分からず自問自答した

 

『壁を失いし世界は原始の頃と変わらぬ脆弱なものに戻った。故に。』

 

『ソラを視るな。気取られるな。アレはいつも監(み)ている。我々は天外の瞳を瞥(み)返してはならない。』

 

段々頭がボーっとして来た
軽い吐き気が喉奥から上って来そうな感覚さえ覚える
少し視界がぼやけ、テッドの胸にそのまま倒れ込んだ

 

テッド「おい、大丈夫か?」

 

テッドの心配そうな声で漸く自意識がハッキリし始める
先程までの奇妙な状態が噓の様に晴れ渡った
自分でも訳が分からず、ただ小さく大丈夫と答えた

 

テッド「さっき転んだ時に頭でも打ったんじゃねえのか?」

 

ああ、そういえばさっき避難誘導の際に軽く転んだんだっけ
多分その時の痛みが今やって来たんだ
ソフィーはそう思う事にした
彼女は気付かないし思い出せなかった
テッドに声を掛けられるまでの数秒の間に起こった全てを
最早頭の中に霞が掛かったかの様に、言葉も疑問も何もかも

 


第二十九雨
「彼女は何を聴いたのか」

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