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聖暦3020年、冬のある日
かつて抑止の社と呼ばれた其処で千年振りの饗宴が始まろうとしていた

【再宴を、初めましての君と】

場所は変わらず蒼黒神社の境内
枯れ木から葉が無くなって久しい今日この頃
外殻の虚像化解除に伴う環境変化により、比較的降雪の少ない地域であった天神町でも雪がかなりの頻度でちらつく様になった
しかしこれが地軸がズレたとかそういう天災所以では無く、一介の能力者によって齎(もたら)されたものだというのが実に奇妙で驚く事である
そこまでの事が出来る能力者を政府は『絶定存在』と呼び、時に持て囃し、時に使い潰していた
まあ、そんな歴史の授業は今は置いておいて

 

巴「うんま~~~~いっ!!!!」

 

境内にグルメ漫画の絶叫かと思わんばかりの嬌声が響き渡った
訂正、艶めかしいかと問われれば答えに窮するので嬌声では無かったかもしれない
兎に角とても嬉しそうな声だったのである

 

巴「これ!これものすんごく美味しいです!!口の中を滑らかな餡とモッチモチの白玉がこれでもかって蹂躙してきてこの世の物とは思えない美味しさです!!!」

 

と、矢継ぎ早にめっちゃ早口でまくし立てるは八束巴
その様を汁粉を湛えるお鍋の前でお玉片手に見つめるのは勇高赤
時間を超えて再会した実の親子であった
娘の喜ぶ顔は何たる至福の光景か
自然とこちらも顔が綻ぶというものである

 

紅葉「うん、矢張り赤さんのお汁粉は良いですね。私もたまに作りますがこのレベルの物は流石に・・・」

 

赤「お汁粉に関してはオレの研究に因る所もあるが、ベースになっているのは照雛家のレシピだぞ」

 

紅葉「なんと。では頼子さんに訊いておけばよかったですね。むぅ、後悔先にして立たずとは正にこの事か」

 

赤「照雛家のレシピが欲しいなら今度現当主に話しておくよ。彼女も中々教え甲斐のありそうな生徒だったし物のついでにな」

 

紅葉「それは助かりますけど、現当主の方と面識があるのですか?」

 

赤「こちらに帰って来る前に先にあちらに寄ったからな」

 

紅葉「成程」

 

目を細めて話す赤の雰囲気から何かを感じ取り紅葉はあまり詮索しない事にした
話したいなら話せばいいし、訊かれたくない様な事なら過度に踏み込まないのが最良である
特に千年振りに地表に帰って来た者にとっては世間があまりにも様変わりしているので、慣れるまでに時間が掛かるというのもあるのだし
要は時間が解決する物である。人外であるなら年月の経過に関してはどれも同じだし

 

赤「取り敢えず腕が落ちてない様でよかった。感想も聞けたし個人的な改善点も見付けられたし万々歳だ」

 

巴「これでまだ改善点あるの!?どんだけプロなの?!・・・ですか」

 

彼女も彼女で自分の本来の父親である目の前の男に慣れようとしている
そもそも記憶が全て欠落した状態で世界に舞い戻ったのだ
この世界で自分の知る事柄は両手で数えるよりもまだ少ない
当初親戚であると聞かされていた照雛にはその実懐かしさを感じる事はあったが、矢張り実際年齢どころか世代さえも違う当代とは根っこの部分で合わなかったのである
それは代々語り継いで来た現在の照雛にも言える事で現当主をも悩ませる要因であった
まあ、結局の所これも時間を掛ければ問題無いのではあるが

 

赤「む、そういえば謳牙は君が継承しているんだったか」

 

巴「えっと、オウガってもしかしてこの手甲ですか?」

 

巴が右腕に装着している手甲は名を『カイザーナックル・謳牙』という
かつて赤が使っていた外神界由来の武具である
それを一時的に巴から貸して貰うと赤はおもむろに内側を探った

 

巴「あの・・・そこには私の裁縫道具とかしか入ってないですけど」

 

赤「いやそれとは別に隠し穴があって・・・・・・ああ、あったあった」

 

赤が謳牙から取り出したソレは、よく収納出来てたなと言わんばかりのビー玉より少し大きめの水晶玉だった
碧にも翠にも近い不思議な色をしたその水晶玉を掌に置くと、ただ一言「展開」と呟いた
直後、空中にタブレット程の大きさのスクリーンが複数現れた
赤は数枚のスクリーンの最後のページに何か書き加える様な動作をし、水晶玉を静かに巴に贈呈した

 

赤「これはオレが昔趣味で世界各地を旅行していた時に記録した料理のレシピだ。中には創作も含まれているが基本的に弐本人の舌に合う様に改良はしている。オレはそらで作れるので良ければコレは君が有効活用してくれ」

 

紅葉「こ、これ全部レシピなのですか?スクリーンは2、3枚なのにページ数が4桁なんですが・・・」

 

赤「検索機能は当然付いてるし、料理名だけでなく素材でソートも出来るぞ。特定の調味料が手元に無くても次元ストアに繋ぐ機能があるから、通販よろしく一秒と待たずに買い足す事も可能だ」

 

巴「それは非常に助かるんですけど、次元ストアっていうのはなんなんですか?」

 

赤「その名の通り次元を股に掛ける通販ストアだよ。次元トレインなんかと一緒でいつでも何処でも利用出来る主婦の大きな味方だな」

 

紅葉「私もたまに使いますね。品揃えが下界の物とは圧倒的に違いますし、特に山籠もりしている時には重宝しました」

 

赤「それ山籠もりの意味無いだろ」

 

赤「兎に角、ウチは食べ盛りが多いし君も奏覇くんやあの子に料理を振舞いたいと思う事があるだろう。好きに使って新しいレシピをどんどん追加していってくれ」

 

それはかつて娘に出来なかった事への贖罪なのか
それとも今を生きる若者への純粋な祝福なのか
本当の所は当人にしか分からないが、それでも分かる事は一つだけ

 

巴「はい、ありがとうございます!大切にしますね!」

 

この眩しい笑顔の為にしたのだ
今はそれでいい

 


終わり

後書き・書き下ろし編

どうも、雪ウサギです。

あんなに難産な上に半年放置もしていた「晦22’」を漸く書き終え、でも何か物足りなかったので大晦日の数日前を舞台にお話を書いてみたら!

なんと2、30分で書き終えてしまったのである。

やっぱりネタの乏しい大晦日ネタよりも外伝の方が書き易いんだなあと思う次第です。

そう考えるとサザエさん時空の漫画とか描いてる人って凄いなあ尊敬しちゃうなあ。

俺は絶対1年目にネタ枯渇する自信あるもん、悲しい事に。

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