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―――あの子に手を伸ばす事は幾らでも出来たのに。

 

表という言葉がある

それは詰まる所、裏という言葉があるという事を如実に語っている

この世の何物にも裏がある様に、どんな人間にも必ず表と裏がある筈なのだ

 

六耀「博士、大規模な揺らぎを捕捉しました。現在ルート3Aを破棄、初期の計算における最有力候補ルートCに移行しつつあります」

 

幟月「ふむ、あの時から何の兆候も見せなかったというのに・・・」

 

幟月は顎に手を添えながら唸る

昨日帰って来てからも斎に異常は無かった

定期的なメンテナンスも滞りなく終了し、エラーサインは表示されなかった

今朝玄関に向かった時点では違和感すら覚えなかったのだ

ならばその後、学校内で何かがあったか

または彼が何かしたのか

 

幟月「・・・城戸少年が関わっている事は想像に難くないが、それでも一概に原因だという訳でも無さそうだ」

 

これは私の推測だが、以前の城戸少年は子供特有の我が強過ぎた

だが前回の邂逅が項を奏したのか、突出していた我はなりを潜め少しずつ大人に近付いている

それは子供本来の柔軟さを失いつつある事にも繋がるが、私にはそこまで踏み込む義理は無い

所詮は他人だ。斎が愛しその身を委ねている相手だとしても、私とは直接的な関わりは持っていない

その城戸少年が自身の選択を見誤るだろうか?

確かに最近はあまり会う事が減ってしまったが、斎の話は大半が彼の話題だ

それを視野に入れて考えると、彼が直接斎に何か言ったとは考えられない

結論としては全くのゼロだ

 

「お姉ちゃん、揺らぎ発生の原因が何か分かったわ」

 

気付くと夜宵が傍らに立っていた

接近に気付かないのは仕方無いとして、話し掛けられるまで思考に没頭していたというのは如何な物か

 

幟月「簡潔に頼めるかな」

 

夜宵「天木琴音が城戸遼亮に立川斎が何者なのかを問い質したの」

 

成程、天木琴音は確か理事長の娘だったか

己のリスクを考えずに堂々と相手に交渉を仕掛けられる存在という訳だ

万が一本人がその様な事を算段していなかったとしても、結果的にそれがルートの破棄・強制移行を引き起こしている

そんな大それた事を素でやっているのなら、将来が気になる逸材だ

だが今はそんな事は如何でもいい

斎が覚醒を促されている

それも初期の計算では最有力候補とされていたルートC

即ち本能に従って忠実に行動する存在、殺戮人形(キリング・ドール)だ

 

幟月「あの子がそれを間接的にでも聞いていたのなら、信じていた者に裏切られるのと同等の衝撃を受ける筈だ」

 

夜宵「つまり・・・心が壊れるって事?」

 

幟月「違う、モノの見方が変わるんだ。相手を愛する事で精神的に満足出来ていたのに、それが形として残らない事に違和感を覚え求める様になる」

 

即物的な脳構造になると言えばいいだろうか

やれ気持ちだ、やれ愛情だと、目に見えない物には価値が無いと思ってしまう

ならば形にしてしまおうと思い至る

それはつまり、愛情=束縛であり、束縛=殺害である

人間は本能で理解しているのだ

人を愛すれば愛する程滅茶苦茶にしてしまいたいと

自分に都合の良い様に作り変えてしまいたいと

だがそれを現実にしてしまえば、その人は只の異常者だ

正しい事ではあるが現実社会では異常とみなされる

表という言葉に裏という言葉がある様に

正常と異常は常に背中合わせで存在している

 

 

第七十四話

「本能の終着点」

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