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―――頭では既に理解していたというのに、自分で自分が嫌になる。

 

夢を見た
俺と斎と辰巳と奈美菜と月子
いつもと同じ日常が流れて、いつもと変わらない笑顔を浮かべて
いつもと同じ道を五人で一緒に帰って行く
そんな平凡な夢
俺はそんな光景を背中越しに呆っと眺めていて
ふと振り返った斎の顔を見て、心臓がギチリと固まった
笑顔(えがお)
哂顔(えがお)
嗤顔(えがお)
嘲顔(えがお)
■顔(■がお)
顔に投射されていたのは笑った表情ではあったが、それは顔の筋肉が作り出した物ではなく
顔の表面に無造作に貼り付けられた・・・能面の様だった

 

遼亮「・・・っ!!」

 

飛び起きた
布団を跳ね除け、激しく鼓動する胸を押さえる
着ていた寝巻きは大量の汗でビショビショになっていた
ウンと時間を掛けて鼓動を鎮めると途端に頭が冷静になっていく
なんて事は無い。今になって漸く気付いたのだ
幟月さんに言われた瞬間に既に解っていたにも拘らず、何処か夢見事の様に捉えていた己の心が

 

遼亮「斎に、斎に会わないと・・・会って・・・」

 

会って?会って如何する?
謝る?何を?彼女の正体を先輩に話した事をか?
ああ、彼女なら許してくれるだろう
事実ですからね、なんて悲しそうな顔をしながら顔を俯かせて呟くだろう
だが、それで終わる状況では既に無い
幟月さんは言った

「殺戮人形(キリング・ドール)になった」と
そしてこうも言った
「直接ではないにせよ、君の落ち度だ」と
確かに俺の所為だ
いや、そもそも彼女の告白を受けた時からなのかもしれない
彼女と恋人同士になったから今のこの状態があるのかもしれない
でも、それでも、

 

遼亮「俺があいつの事を好きなのは変わらない」

 

汗で濡れた寝巻きを脱ぎ捨て私服に着替える
学生は勉強が第一である事は承知しているが、一刻の猶予もならない状況で学校を優先するなんて今の俺には出来そうに無い
ダイニングで朝食を摂っていた月子に、如何してもやらなければならない事が出来たから欠席の旨を伝えてくれと顔も見ずに頼むとそのまま玄関に向かう
月子はパンを片手に玄関まで出て来ると、一口かじってから言った

 

月子「お兄ちゃん、其処に至る過程がどんなに人と違っていても、包み込んでくれる人が居るならそれはとても幸せな事なんだよ」

 

靴を履いて、一歩足を踏み出した状態で止まる
言った内容が今の状況に触れている様に聞こえたので、つい振り返ってしまう

 

月子「私からのアドバイス。お兄ちゃん、恋愛は初心者も同然でしょ?」

 

遼亮「・・・お前だってそうだろ」

 

言って玄関のドアに手を掛ける
遼亮が出てドアがパタンと閉まってから、月子はパンを一口かじって誰に言うともなく呟いた

 

月子「うん、だから無事に帰って来て私に教えてよ。恋をしたら人はどんなに幸せになるのかってね」

 


第七十七話
「覚悟」

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