風が頬を撫でていく
暖かみのあるよく合った風
心地良く今にも眠気を誘うかの様な
そんな・・・春風が吹いた
【拾壱の死】
何故だ
何故こんな事になった
始まりは道に倒れた男に食料と水を分け与えた事から
それから男は私の横にずっと居る
方向が同じなのかと思ったが、街が見えても離れようとはしない
そんな事が数回続いた後、私は痺れを切らして男に言った
「貴様、一体私に何の用だ。私と一緒に居ても其方に何の得も無いぞ」
男はしばし考え、笑顔で
「だってアンタは俺に食料と水をくれたじゃないか、助けてくれた借りはきちっと返すのが俺の流儀だからな」
所謂拍子抜けだ、この男は訳が解らない
そんな事の為だけに私について来る等意味の無い事だし、それに全くもって得も無い
そんな事を考えていると前方に獣の様な男が立ちはだかった
黒い体躯と赤い眼、突き出た長い牙
そして・・・・・・
「多人数でなら私を屈せる事が出来ると踏んだか・・・だが、残念だ。そんな事で私を組み伏せる事は出来はしない」
無詠唱(ノーアクション)で式を解凍する
地面を、無機物有機物関係なく凍らせていく
氷に覆われし世界を想像すれば容易いだろう
目前には白銀の世界が広がり、生命は死んでいる筈だった
冷気の靄から何かが飛んで来た
それは細い針の様な物で、私の左腕に刺さる
途端、予想外なまでの血が流れる
苦悶の声を上げてしまう
傷口からは止め処無く鮮血が噴き出している
男は居ない
人間でない者を見て逃げたか
それが「人」の判断だ
それでも私は何故か寂しかった、短い間しか共に居なかったのに・・・
【拾弐の死】に続く
この冬が終わって、春になったら
私は如何してるんだろう?
貴方の側にずっと居るのかな?
それが・・・彼女の最後に書いた日記でした
【拾弐の死】
少し傷が深い
今では刺し傷で出たものだと分からない位血が噴き出している
痛いとは思わない
私にはマシな痛覚が無いからだ
意識が朦朧としてきた、血を流し過ぎた所為か
あの男は今如何しているだろう
過ぎ去った事を未だ引きずっている
変わったなと思った
今までの私ならさして気にも留めない事だ
少しずつ人間に近付いている
このまま死神で無くなってしまうのだろうか?
有り得ない想像をする
思考を止めようとした時、足音が聞こえた
走ってくる音、まだ敵が残っていたか・・・
しかしその考えはその音の主に遮られた
「大丈夫か!?」
我が耳を疑った、まさかそんな事が?
だがやはりこの声は―――
「血ぃ流してたからひとっ走りで近くの町に治癒具借りに行ってたんだ」
何だ・・・それで居なかったのか
「?、何故だろう?」
呟く声は空気に消える
そうだと分かって私はひどく安堵した
安心、安らいだとでも言うのか
心配?そう・・・私は居なくなった男の事を自身の怪我も忘れて気になっていたのだ
「で、大丈夫なのか?血ぃ凄い出てるけど痛くないか?」
心配そうに私の顔を覗き込む
心の奥で何かが揺れ動いた、何だろうこの感覚
何だか顔が凄く熱い
そんな症状を無視し私は男に答えた
「ああ、問題無い。止血さえすれば自然に治癒する」
「・・・・・・アンタの笑った顔、初めて見たな」
――――――そう、私は笑顔だったのだ
それも冷たいものではなく自然な人間の作り出す幸せな笑顔である
私の生きてきた中で初めて経験した事だった
【拾参の死】に続く
機械の時代に一羽の鳥が居た
神がかった翼に黒き体躯
見据える先は友の居る場所
鳴る声は罪滅ぼし
【拾参の死】
三度街へと下り
四度体を火に焼いた
七度休息し
一度だけ自らを語った
男は驚きもせず、私の話に耳を傾けた
大空には大鷲程の鳥達の群れ
地には草が生い茂り、それを食む動物が居る
小さい湖が辺りに点在し、この場所を潤す
地獄の底よりもさほど明るい夜の闇を見上げる
瞬く星を瞳に入れて、また歩く
気付けば既に裏まで来ていた
傷が疼く、また血が流れる
男が消毒し、包帯を巻く
それを視界に入れながら男の顔を見る
ひどく落ち着く、何なのだろう
奪い合って生きる毎日
変わらない日々を過ごしていたあの頃
この男には闇に沈みし本と同じものを感じる
―――ならば、この感覚は・・・・・・
人間らしくなった死神
考え、悩み、その気持ちを知る
まだ淡いが故にどちらにも傾くそれは
彼女の危惧する事では無い
【拾肆の死】に続く
一つの大陸に一人ずつ居た
瞳の色の違う全く異なる人間
力の宿る眼をもって一夜の内に現れ
一夜の内に消え失せた
【拾肆の死】
「俺も如何にかするのか?」
口を開いた直後の言葉がそれである
私の話を熱心に聞いているかと思えば発した言がこれである
「何の事だ」
意味は分かっているが口には出さない
出したらこの男がする事は只一つだけであるからだ
静寂に満ちる空気と空間
呼吸の音だけが鳴り響き、少し耳障りである
「俺も何時かは奴等の様に殺すのかって訊いてるんだ」
初めから理解しているくせに・・・何故一々訊くのだろう
「言って欲しいか?」
「ああ」
継続する心臓の鼓動
忙しなく脈動する血管
風に流される雲
何処までも蒼い空
答えはある
既に決定していたかの様に簡潔に自然に一言で答える
「殺そうとは思わない・・・飽きるまで側に居れば良い」
笑っている、今私は笑っている
自然な笑顔で、温和な表情で
男の顔を見ながら、正面から捉えながら
――――――ああ、今なら確実に解るぞ闇に沈んだ本よ。これが誰かを愛すという事か・・・・・・
蒼穹の空に煌く虹が架かっていた
【拾伍の死】に続く
どれだけの時間が流れただろうか?
刹那にも満たなかったか
それとも
気付かない内に彼等と離れた時を彷徨っていたのだろうか?
【拾伍の死】
何時から分かっていたのだろう
理解したのではなく、只分かりたくなかった
分かってしまえば私は必ずそれから抗おうとする
そう・・・昔の私では有り得ない事だ
だが、今ならそうするだろうと心では分かっている
だから・・・尚更理解したくなかった
「・・・・・・がっ、ぐはっ!」
あの男を失う等
今の私を失うのと同じ事だ
私は余りにも迂闊だった
腕が治ったとはいえ、戦いを知らない者を連れていたという事もある
だがそれよりも迂闊な事がある
男が私を誰よりも何よりも信頼し
―――私を庇った事だ
機能を段々停止させていく男の体
「・・・何故だ、何故私なんかを庇った」
分からない、分からないよ
男は血の一筋流れた口を動かして言う
「あんたは俺を助けてくれた、あんたは俺に生きる事を教えてくれた。だから借りは返さないと俺の流儀に反する」
何時かと同じ言葉を織り交ぜながら
笑顔で男は言い続ける
「あんたが余りにも他の奴等よりも儚いから・・・俺はそんなあんたを手助けしたかった、んだ」
「私は死神だ、儚いに決まっているだろう。なのにそれも分からないのかお前は?」
前が滲む
何か温かい物が眼から零れて・・・
声が、上手く発音出来ない
肺を穿たれてまだ死ねなくて
一秒がもっと長い時間に感じる
そんな生殺しの様な状態で
なのに私はそんな事を男に言う
「私は死神だ、それなのにいいのか」
それは短くてそれでも長いと思えた
そんな共に居た時間の中で芽生えた私の想い
その告白である
「いいさ、あんたが死神なら俺は・・・死神を愛した男だ」
ヒュー、ヒューと風を切る音
喉までやられているのか
もう、そこまで長くは無い
男の頭を抱き起こし、言葉を紡ぐ
「そなたと我の間に契約を、悠久なる果てまで我と共に歩むのなら汝の魂を我に・・・」
「――――――ああ、あんたと一緒なら退屈しなさそうだ」
笑顔で
答えられ
私は
「契約執行―――私は、お前の事が・・・・・・」
それに
笑顔で答えた
【拾陸の死】に続く
夢の中で何かを得た
仄かに温かく、それでいてはっきりとした感覚
私の内(なか)にはもう一つの魂がある
―――何時までも、一緒だよ・・・
【拾陸の死】
思い出す
私と共に居た男の最後の刻を
死神が己と違う者を取り込む場合
死神は対象の魂を飲み込む
その者の魂は、死後心の臓の横に顕れる
腹を裂いて取り出すか
それとも死者と唇を交わす『死魂還りの儀』をするかの二択である
―――そして私と男は・・・・・・
最初で最後の接吻を交わした
「・・・・・・如何だ、私の体には馴染めそうか?」
返事は期待していない
していないが、それは聞いておきたかった
静寂がこの場を支配し
〈体には馴染んだけど・・・一つ不満がある〉
不満剥き出しといった様な声で返事をされる
少し気になって何が、と聞くと同居人は
〈俺の死期が、ああいう死に方っていうのはいいんだけどさ。せめてキスは死ぬ前が良かった・・・〉
呆れた
笑えた
『生命にとって大切な物』が――――――何なのか分かった
生命が持っていなくてはならない物であり
親から子へ受け継がれる物である
【再逢の死】に続く
『生命にとって大切な物』とは、愛情である
愛情を一身に受けた子はキチンと自立が出来るのだ
愛情に飢えている子も居る
そんな子にも例外無く手を差し伸べてやれる親が必要なのである
一人の死神はそれを旅の果てに知った
死神は愛情を知って一人の少女に、そうして月日は流れ少女は親と為る
【再逢の死】
西の外れにある街
此処にその日、懐かしき面々が集っていた
ある者は真実を話し、怒られている
ある者は大空を飛び回り、至福を感じている
ある者は子供に懐かれ、ぐったりとしている
ある者は自然に、そう自然に笑い合っている
誰もが望んだ
誰もが願った
たった一つの小さな願い
「久し振りだな、冷笑の死神」
「もう死神ではない、一児の母だ。それにそれは俗称だ・・・本名で呼んではくれないのか、闇に沈みし本よ?」
「お前もな・・・・・・リィス」
笑い合う
「貴様も変わらんな・・・シュレイツ」
笑い合う
戦友の様な間柄
自然に笑いながら話すのは初めての事ではあるが、それもまた自然に出来る
「まさか本当に人間になるとはな・・・」
驚いている
それは私も同感である
確か一年の寿命と引き換えに探し物をし始めたと思うのだが・・・
「・・・で、あの子が二人の愛の結晶ですか」
元気に走り回っている少女
元気を振り撒く対象が白狼なのが少し痛い所ではあるが
「ぬおっ!?ひ、ヒゲを引っ張るんじゃない!?いだっ、いだだだだっ!」
引っ張られすぎでヒゲがよれよれである
「白狼殿、大丈夫であるか?」
「いいなお前は・・・空に逃げれて」
睨む
この状況如何にかしてくれ、と
「む、いかん。ではな」
「あ、こら!・・・って、耳をくすぐるんじゃない!くそっ、翼なんて与えるんじゃなかった!!」
少し哀れだ
〈はー、あれが白狼と鳳凰かー。・・・何か意外と面白そうな人(?)等だなー〉
「そう言うな・・・あれでも、私と同じ位強いのだぞ?」
〈へー〉
「いや、それ絶対おかしい。如何考えてもお前の方が強いだろ」
指摘されても関係無い
今の私は人間、死神の頃とは違うのだ
・・・・・・知識は残っているが
「あの子の名前は?」
「ああ、それなんだが斐綱(いづな)と話し合ってな。お前から少し拝借させて貰った」
「俺の?・・・本だった時のか・・・」
「あの子の名は闇・・・いや字が少し違うな・・・・・・」
そう、少女の名は・・・
――――――夜深
「母上♪」
「家族愛か・・・・・・昔のお前からは想像もつかないよ」
苦笑しながら、シュレイツは本を手にする
古びた装飾の厚い本
「今日の事を記せば物語も終わりか、まぁまた何処かで始まるさ。今度は少女の物語が・・・」
心残りはもう無い
数秒間目を瞑り
少し微笑んでから本を本棚に戻す
その本は、全てを見ていた
本は、全てを記録している
全てを記憶している
そう・・・全てを
本は識っている
楽しい事が、哀しい事が、誰かが傷付いた事が、誰かが幸せになった事が
何よりも幸福であると―――識っている
Magic of darkness complete story.