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此処は深き闇の中
私は独り朽ち行くまでを過ごす事となる
此の名はヤサカ、栄光ある霊剣の一人なり
私は、だがそれでも・・・

 

ヤサカ「(それでも此処から出たいっ!)」

 

刀身を震わせ唇も無いのに渾身の叫びでもって今一番言いたい事を発した
何故こんな事になったと自問自答したが
そんなの全く認めたくも無いが、寝ていたらいつの間にか拉致されていたのだ
自分の所為でもあるし相手が悪い訳でもあるしで怒りの矛先が定まらない

 

ヤサカ「(確かに私は寝こけていたさ!紛争も政争も無い平和な神社の宝物殿で、一番良い所に飾られて調子に乗って眠りこけていた!!)」

 

そうして気付いたらこんな所に居た
愕然とした
宝物殿よりもスッカスカな物品の数に
ネズミこそ居ないがどうやったらここまでの惨状になるのかと言う程の刀剣類の放り投げっぷり
まあでも地面は土では無いし、夏は冷たく冬は暖かい床暖房システム搭載なのでそれはまあいい
唯一の出入り口であると思しき観音扉は内側から施錠され
前言からしてなんかおかしい気がするけど外側からも施錠されている正に鉄壁の守り
そんな脱出完全不可能空間に閉じ込められて最早何ヶ月経ったのか分からないが

 

ヤサカ「(一向に出られる気配が無い・・・!)」

 

というか『私達』は元々人型になれるのだが何故か今なれない
最大の原因は多分魔素が足りないから
この建物の中には魔素と私達が呼んでいる空気中を漂う物質があまりにも少ない
魔導を使うのに必要なマナや魔石を砕いて得られるエーテル
多分それよりも少ない。圧倒的にこの場の魔素は少な過ぎる
この疑問については同じく放り投げられている者同士のとある刀が言っていた

 

「そりゃあ此処は封印の蔵だもの。良きはそのまま、悪きは沈静化ってね。アンタの状態見る限りではアンタも悪いモノと見た」

 

「私は霊剣だ、良きも悪きも無い!」等と噛み付いてはみたものの
よく考えてみると神社のあった国で戦争が起こった際も私は眠りこけていた様な気がする
戦う力があるのにお世話になった国に恩返ししないのって、それって世間一般で言う悪きモノじゃないか
また愕然とした
言われて気付く、と簡単には言えるがそれはつまり、言われないと気付かない阿呆である
号泣した
傍目には涙を流す眼球が無いので嗚咽だけ聞こえて来るという珍妙不可思議な怪奇現象であるが

 

「・・・本気で出たいって言うんなら手伝ってあげなくもないけど?」

 

なんと渡りに舟!地獄に仏!ブラックホール寸前にワームホール!
だが、ああいやしかし、本当にいいのか
自らの力で何とかしてこそ『武装種』たる我々ではないのか
いやでも、目には映らぬとも彼女の何と純然たる善意の笑みか
ああ、私どうすればいいの!
1%の理性と3%の本能と10%のプライドと86%の屈服しそうな心がせめぎ合っている
・・・いや心の占める範囲多いなとか思ってはいけない
思ったら負けだ、もう屈服だ、いや本音を言えばもう屈服してる

 

ヤサカ「よろしくお願いします、お姉さま」

 

いざ認めてしまえば御覧の通り、分かり易い程に私は目に見えて遜(へりくだ)った
イメージ映像を挟むなら土下座か土下寝だと思う
駄目だ、人外一度でも屈服するとスッキリして最善の行動をしたと自分を騙してしまう
ああ、私今此処に新たに生まれ変わったわ
・・・もう自分で自分が何言ってるか分からないけど

 

「混乱してるトコ悪いんだけど同意したって事でいいのよね?」

 

ヤサカ「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。大丈夫です、本題に入って頂けると幸いです」

 

陳謝である
私この(恐らく)数ヶ月で相当心が参ってたんだなあ
よし、心機一転頑張ろう。プライドとか今この場ではクソの役にも立たない訳だしね!

 

「んー、取り敢えず自己紹介しとくわよ。私は八十俣黒雅、雅って呼びなさい。あとこっちは姉さん」

 

この時点になって漸く気付いた
ああ、よく見れば彼女の隣にはピタリと寄り添うもう一振りの刀が
雅は黒鞘で姉と呼ぶ彼女は白鞘
成程、黒白姉妹で二振り一組の刀剣であったか
何故こんな所に居るのかについては取り敢えず置いておいて

 

雅「まずアンタは私ら人神剣とは明らかに基本構造が違うわ。違うのだけど魔素を取り込んで人型になるトコは同じみたいね」

 

ヤサカ「我々『武装種』の起源は主の為に魔素を取り込み真化した武器個体群。位階上昇に見合う膨大なエネルギーを内包していると分かれば魔素を使うのは自明の理ですからね」

 

雅「いわゆる上位クラスへの進化ね。武器としての範疇を超えずに強体値だけを上げるなら、これ程手軽な物は他には無いでしょうよ」

 

ヤサカ「我々は既にこのサイクルを最低でも一劫回は行っています。そして私はその中でも一握りの成功体『霊剣』の一振りであり、我が複合輪廻でも畏敬称賛される『撃滅種』の一体」

 

そうだ、私は栄光ある撃滅種
この様な所で燻っていたり嘆いていたりメンタル壊れていたりしていい様な存在ではないのだ
複合輪廻の偉大なる存在の為の従僕にして同胞(はらから)
武器でありヒトであり神である存在
だから、

 

ヤサカ「雅お姉さま、私はどんな事をしてでも人型になり此処を出なければならないのです!」

 

明らかな自分の過失でこんな事になってるのは置いといて

 

雅「いや、ていうかさ、そんなに凄い存在なのにこんなよく考えたら簡単に出る様な答えになんで気付かないのよ?」

 

ヤサカ「簡単に?!で、ですが此処は極端に魔素が少なく、しかも意図して抑えられている空間なのですが?!」

 

雅「はぁ・・・アンタそもそも魔素って何処から生成されるか知ってんの?」

 

ヤサカ「ま、魔素は魔力が凝集されて作り出されるモノで、その魔力も空気中を漂うマナを凝集して作り出されるから・・・く、空気中?」

 

雅「惜しい。正しくは太陽風とか月の光から生み出される物質よ。それが内殻層(オゾン層)で濾過されてマナになってんの」

 

雅「つまり、月の光を浴びてればいつでも人型になれるって事」

 

これこの通り、とお姉さまは御身を宙に浮かせると格子から注ぐ月光に身を晒し
難無く人型になったのであった
それにしても人型になったお姉さまめっちゃ美しい
射干玉(ぬばたま)の如き黒く艶やかな長い御髪が微風に揺れ
ああなんとも麗しき艶姿か・・・
その首筋にかぶりついてすっごい匂い嗅ぎたい

 

雅「なんか今薄ら寒いものを感じたけどそれはまあいいわ。格子の前まで持って行ってあげるから後は自分で頑張んなさい」

 

ヤサカ「ありがとうございますお姉さま!ああ、お姉さまのたおやかな指に抱かれて私嬉しくてトンじゃいそうです!!」

 

雅「いや流石にそれは引くわ。長い事蔵の中に居たから精神が摩耗してんのかと思ったら、アンタもしかしてそっちが素なのか」

 

言いながらも取り落とそうとはしないお姉さまはなんてお優しい方なのでしょう
我が敬愛する主には大変申し訳ありませんが、私お姉さまと添い遂げる覚悟アリアリですわ
ジュルリと涎が出そうになって剣の状態では拭えないではないかと思った瞬間
私は『霊剣ヤサカ』から『第八撃滅種』としての人型に漸く戻れたのでした

 

雅「いいから涎を拭いなさいよ、綺麗な顔が台無しじゃない(それ以前になんかもう色々台無しだけど)」

 

ヤサカ「これは失礼致しました、私のお姉さまへの想いがまさかこんな簡単に決壊してしまうとは思わなくて・・・」

雅「変態的賛辞を涙腺決壊したみたいに言うな」

 

ヤサカ「ふぅ、ですが本当に助かりました。この御恩は一生忘れません」

 

雅「いや別に私らにとってはただの暇潰しだし。この五年間やる事もそんなに無いし、担い手は私らの事ほぼ忘れてるし」

 

お姉さまは何て事ないという風にサラっと仰られますが
暇潰しというには私の事を無視どころか最後まで親身に付き添って下さっている
ああ、なんとお優しい方
やはり私お姉さまの下僕に、いえ侍従に、愛玩奴隷に!?うふふふふ・・・

 

ヤサカ「・・・って、今なんと仰られましたお姉さま?五年がどうとか聞こえましたが」

 

私の聞き間違いかな?

 

雅「ああ、それ?いやね、この蔵って出入口を起点に異空間に繋がってるから外の時間とズレが起きるのよ。つまりアンタが此処に入れられてからもう外じゃ五年経ってる訳」

 

雅「前に安綱が怪異捜索で中に入って来た時に2017年って言ってたから、今外は2022年って事になるわね」

 

ホワッツ?平成34年マジデジマ?
おっと、驚いてちょい古言葉を使ってしまった
ナウでヤングでイマーイな若者にバカ受けな年上の優しいお姉さんのイメージを損なわない様にしなきゃね

 

雅「言葉の並びが全部バブル期な上にもう平成じゃねえわよ」

 

ヤサカ「いやんお姉さま、私の心の内を勝手に読み取らないで。お姉さまへの愛で吐き気催しそうだから、お姉さま胸焼け起こしちゃいますわ」

 

雅「この数分の間に何があったんだって位アンタの態度乱高下なんだけど。逆に心配になるわ」

 

お姉さまそれ以上の詮索はいけませんわ
これ書いてる作者さんリアルで半年位放置してたもの

 

ヤサカ「それこそお姉さまのカリスマ力(ぢから)の為せる技ですわ。ところでつかぬ事をお伺いしますが、これ人型に成れた所で此処から出られるのですか?」

 

ちょっとメタ的な独白を挟みつつ無理矢理話題を変えるヤサカであった

 

雅「まあ内側は斬れば何とかなるでしょうね。問題は中から外の閂斬れる技量があるかって話で」

 

まさかの両面閂なのかー、とヤサカは心中でツッコんだ
閂って片側だけでもう成立してるじゃんよというツッコミもしたが
そこはそれ
この封印の蔵の設計者は何を隠そう我らがよく知る如月蒼麻である
絶対お遊び感覚で設計したに決まっている

 

ヤサカ「それ詰んでるじゃないですか・・・」

 

雅「大丈夫よ、私の体内時計から算出するにそろそろ開くから」

 

ヤサカ「いえ、流石に愛するお姉さまのお言葉でもそれはちょっと信じ難く・・・」

 

ガコン
外の閂が上がる音がした
そんな馬鹿なという表情でヤサカは出入口の鉄扉を見やると
全く覚えが無いけど見た事ある様な顔した男が一人入って来た
そして第一声

 

「おお、探す手間が省けた。妖姫に雅ちょっと手伝ってくれ、美味い汁粉食べさせてやるから」

 

等と笑顔で自分勝手な言葉を吐いて来た

 

雅「あら、噂をすれば何とやら。って、どうせいつもの大量発注でしょ。甘酒も追加してくれるんならやったげるわ」

 

「はは、助かるよ」

 

雅「それにしても蒼麻アンタ令和の年になっても何にも変わんないわね」

 

蒼麻「人間じゃねえんだからそうそう変わんねえよ。ほら妖姫行くぞ」

 

妖姫「ふにゅ~、わたしまだ寝足りないの~」

 

蒼麻「お前は明らか寝過ぎだ」

 

雅「それには同意するわ」

 

妖姫「・・・うぅ、雅ちゃんにも賛同して貰えない。お姉ちゃん悲しい」

 

蒼麻「泣き真似すんな、シャキッと立ってキリキリ歩け」

 

雅「姉さんせめて涙流す努力はしようよ」

 

妖姫「ふふん、ここまでされたら仕方無いわね。お姉ちゃん頑張って破魔矢いっぱい作るわね!」

蒼麻「お前それしか出来ないからな」

 

なんか私蚊帳の外だなあとヤサカが思い始めていたらお声が掛かった
蒼麻と呼ばれた男の方から

 

蒼麻「ところでそっちの人誰?」

 

雅「いつだったかアンタが投げ入れたやつの一つよ。確か弐本の・・・なんとか神宮とかいう所から盗んで来たっていう」

 

蒼麻「ああ、あの宝物殿の。人型成ってるみたいだけど人神剣だったん?」

 

雅「なんか本人は『撃滅種』って言ってるけど」

 

蒼麻「あー・・・ミッシングか、話にゃ聞いてたが当人に会うのは初めてだな」

 

雅「ほらアンタも来なさいよ。この機会を逃したら次は多分来年よ?」

 

蒼麻「なんか大事件でも無い限りは来年だな(そもそも今回のコレは超イレギュラーなんだが)」

 

流石に来年まで居られないとお姉さまの後について扉をくぐる
うわー久し振りの太陽光。めっちゃ眩しい事この上ない
ああ、でも凄いポカポカする
日干しされてる書物の気分
自由って素晴らしい

 

雅「そうだ、アンタやる事無いなら私の事手伝いなさい。お姉さまって慕ってくれてるみたいだし」

 

自由消滅
いやでもお姉さまと一つ屋根の下共同作業も乙であろう
うふふふふ、やっぱり自由って素晴らしい

 

蒼麻「凄え下心見え見えの顔してんなコイツ。逆に称賛するわ」

 

ヤサカ「それで!何をお手伝いすればよろしいんですかお姉さま?!」

 

雅「破魔矢よ、それも大量の」

 

ヤサカ「はまや・・・?」

 

What is はまや
Does はまや mean 破魔矢?
Oh,it is 破魔矢!
HAHAHAHAHA

 

ヤサカ「破魔矢?!しかも大量の?!」

 

雅「ここの神社だと大体そうね・・・ノルマは一人当たり千本・・・」

 

ヤサカ「せっ」

 

妖姫「ノルマなんてあったの~?私いつもいっぱい作るから気にしてなかったわ~」

 

雅「そういえば姉さんが作ってる時に部屋に入った事無かったわね」

 

蒼麻「コイツ止めるまで作り続けるからな。昔止めずにいたらどこまで作れるか様子見てたら部屋の障子戸弾け飛んでさ、廊下を流れて一階まで押し寄せた事があって。それからはコイツの作業時間は二時間以下に設定してる」

 

雅「二時間で足りるんだ。私どんなに集中しても五時間弱は掛かるのに」

 

蒼麻「コイツ変に器用だから一秒間に一本作るんだよ。普段のほにゃっと顔からは全然予測つかねえスピードだぜ?」

 

雅「流石姉さん、自分の事以外となると他を寄せ付けないスペックを発揮する。ヤサカ、私を慕う位なら姉さんを慕った方が良いわよ、将来的な意味で」

 

ヤサカ「お姉さまに嫁ぐので問題無いです」

 

雅「私が問題あるわ」

 

そんなこんなの2022年の大晦日であった
ちなみに

 

ヤサカ「一つ気になる事があるんだけど、アンタ私の他に撃滅種を知ってる様な口調だったけど何処に居るか知ってんの?」

 

蒼麻「ウチの弟子によるとコミケに頻繁に出没するらしいぞ」

 

ヤサカ「コミケ!?(絶対別人だ!)」

残念ながら間違い無く本人である

 

 

終わる


 

後書き
どうも、雪ウサギです。
最近は書く度にこう思います。
・・・全然終わらせられない、と。
短文恐怖症などとは申しましたが、ソレとキリのいい所で終わらせられないのは別だろと。
アレも入れたい、コレも入れたいとなるとどうも終わらない。
しかも初代ブログ時代寄りの文章になっているからか、メタネタにも手を出すという。
まあ、なんだ。それは別にいつもの事か。
カテゴリ:謎はメタネタもそうだけど昔のネタを持って来るので色々とカオスなのだ。
多分一番制限が無いカテゴリなのではないだろうか。
種別的には外伝の外伝なんだろうけど、今回の事で外伝なのかどうかもちょっと怪しくなってきた。
そもそも蒼麻も心の内で言っているけど今回は超イレギュラー案件でして。
書き始める以前も書いてる途中も全然気付かなったんだけど、2022年に地表に蒼麻は居ないよねっていう。
2020年に災星戦争が起こってそのまま鎧王を追っ掛けて、その後宇宙で消息不明なので居る訳無いんですよ。
だから所在的に居ちゃいけない人が居るので、今回のお話は外伝からも切り離されたいわゆる泡沫案件ですね。
ウチの作品だとSe-sTのお風呂の話とか。
外部作品だとロードラのピンクキャラとか正にそう。
というか大体ウチの泡沫案件はロードラのピンクキャラが発端だったりする。
当時相当な衝撃を受けたので。

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