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俺は聞き慣れない名前に疑問符を頭に浮かべるが、取り敢えず自然と巴の前に出た
いやなに、視界から親父を消さない事にはコイツ本当に石像から戻んないから

奏覇「違うよ親父、コイツは京とかいう人じゃない。八束巴っつー俺の親戚だよ」

 

親戚。そう親戚だ
母ちゃんが言うには従姉妹とか再従姉妹とかその辺
だから親父も勿論知ってるんだろうし、その京とかいう人と間違えてるんだろう
親とか兄弟が一緒なら顔が似通うなんて事はよくある話なんだし

 

蒼麻「八束・・・その子、山上市の出身か?」

 

奏覇「ああ、確かに同じ八束っつー山があるな。コイツはそこの照雛って家に世話になってるんだ」

 

蒼麻「照雛・・・世話に・・・何か事情がありそうだな」

 

奏覇「・・・ああ、うん。コイツ能力者でさ、能力が特殊過ぎて発動する度に、その・・・記憶、失っちまうんだ」

 

奏覇は少し笑ってなんて事の無い様な表情で言うが、その顔はそんなものでは済まされない様な悲痛さが見て取れる
記憶を失うとは思い出を失うのと同義だ
楽しい事も嬉しい事も悲しい事も一緒くたになって全部忘れてしまう
彼にはどうしようもない事だがその度に言葉にならない程の悔しさを覚えてしまう
と、ここまで来て漸く紅耀が口を開いた

 

紅耀「皆にとって酷な話ではあるんだ。奏覇にもこれまで一度も打ち明けていない事がね」

 

奏覇「?、父ちゃん一体何の話だよ?」

 

紅耀「他でも無い巴自身の話だよ。蒼麻が言ったのは事実だ、その子はかつての京。照雛頼子と蒼麻の弟である勇高赤の娘・勇高京なんだ」

 

蒼麻「やっぱりか。だが一つ不可解なのは、京は当時中学生だった筈。例え能力者だろうがあれから1000年経ってるんだろう?どうやっても計算が合わないぞ」

 

紅葉「京ちゃんが高校生の頃近所の交差点で事故に巻き込まれて、医者の必死の蘇生も効果が無くてあの子は死にました。その直後に能力者として覚醒したんです」

 

紅葉「・・・能力の覚醒は人によって時期や条件が違うので何故その時に起こったのかは判りませんが、あの子の能力は赤さんに似て非なるモノでした」

 

通常人外が子を成すと親の能力に似たモノが備わるとされている
水なら水が、風なら風が、金属を覆うなら鉄や鋼を覆うモノに
場合によっては派生系か進化系に変化する事もある
ただ京の場合は赤の熱気からの派生ではあったが、炎に留まる様なモノでは無かった

 

紅葉「不死鳥。別の言い方なら火の鳥、フェニックス等が挙げられますが、彼女の場合死ねば炎の中から蘇る・・・だけには留まらなかった」

 

紅葉は一拍置いて静かに語り始めた

 

紅葉「炎の中から蘇ったのは彼女の身体だけ。記憶の焼失、自分が誰だったのかさえ炎の中に置いて来てしまった。今この場に居るのは『八束巴』というかつて『勇高京』だった人間の成れの果てです」

 

奏覇はその事実に足元がグラついた
だが一歩留まる。自らの背を掴んだ細い指を感じたから
ああ、自分は馬鹿だった
気が動転していたとはいえ後ろに居る彼女は、聴く耳も正常だし真っ当な人間の心を持っていたからだ
この場で一番辛いのは彼女だ
自分が誰なのかさえ分からないのに、自分はこういう人間なのだと説明されてもソレを受け入れられない
記憶の焼失によって二人の人間の狭間で揺れ動くしか出来ないのはとても辛い事だ

 

奏覇「(俺が、守って・・・やらないと)」

 

何故か、そう思った
そこに明確な理由は無い
妹の様な存在から姉の様な存在にシフトしたからといって扱いが変わる訳ではない
今も昔もこれからもコイツは俺が守る
そう、再度誓っただけだ

 

蒼麻「そうか・・・彼女を取り巻く状況はかなり特殊だな。この件、赤は知ってるのか?」

 

俺が目覚めるよりも先にあいつは地表に降りていた筈だ
あいつの事だから真っ先に頼子の所に行くだろうとは思うが、照雛の家が存続しているのなら誰か代わりの当主が居るのだろう
今や俺達は過去の遺物も同然となってしまったが、それでも縁のある場所が存在し続けているというのはとても良い事だ
生まれてからこっち時代に取り残されるのだけは避けてきたが、今回はそんなレベルではどうしようもない事だし
行けば何かしらは分かる。頼子のその後、晩年はどうしていたかとかそういう事が
家族を何より大事にしてたあいつにはかなり酷かもしれんが

 

紅葉「赤さんは照雛の家に寄ってからこちらに。ですから師匠に比べれば驚きは少ない方でした」

 

蒼麻「だが心中察するよ。他でもない自分の娘だしな・・・・・・存命なのが唯一の救いか」

 

蒼麻はそっと巴の方を見やる
今度は巴もおずおずとではあるがその視線を正面から受け止めた
自分の特殊性は知ってはいたが、いざ実際に突き付けられるとダメージが大きい
だが彼女はこれを完全に受け止め、その事実をありのまま全て飲み込まなければいけない
それは過酷な道だろう
苦難もあるし並大抵の事では無い
だが臆するなかれ、彼女の隣には想いを受け止め共に歩いてくれる友が四人も居るのだ
たかが四人、されど四人
これ以上の助っ人は他を探しても絶対見付からない
彼女は、途轍もない程幸福だ

 

終わり

 

 


「話は終わったかしら?」

しんみりとした場に鋭い声が響いた
声の主は玄関の外に仁王立ちで現れた

 

九香「お初にお目に掛かりますわ、如月蒼麻さん。わたくしは葉月九香、白槌葉月の娘・・・と名乗れば解って貰えるかしら」

蒼麻「は、づ、き、の・・・娘!?」

 

とんでもない爆弾が投下された
蒼麻にとっては葉月の娘だという事実もさる事ながら
一番近い記憶が白槌を乗り回して自分にカウンターパンチを喰らわせているやつなので更に衝撃である
義理の父親とはいえ娘の将来を心配しなかった日は無いので心の底から嬉しいが
正直寝耳に水である。当たり前である
あの戦う事しか頭に無い様な子が結婚して娘をもうける等と嘘としか思えない

 

九香「お母様に聴いていた通り表情に出易い方なのね。今この場にお母様がいらっしゃったら超弩級のナックルが飛んでますわ」

 

蒼麻は心の中で「あの子なら確かにやりかねん」としきりに頷いた
この男、血が繋がっていないとはいえ娘に対しても建前という物が無い

 

蒼麻「ハハ、でもまあ、そりゃ1000年経ってんだもんな。葉月だって子供をつく・・・うん?」

 

そこで気付いた
通常生物が子を成す為には番でなければならない
いや中には単為生殖をする輩も居るので一概には言えないが
それでも番だ、相手だ、精子提供元、卵子提供元、etcetc...
相手って誰だ?

 

九香「そう推測するだろうと思って・・・」

 

「歯を食いしばれよ父様、ここまで豪快な一撃はかの鎧王とて繰り出せまい」

 

声の主が誰なのか、気付いた時にはもう遅かった
自身の言葉通りの目と鼻の先には銀色の鉄塊が迫っており
突然の事に蒼麻は回避も防御も出来ずにダイニングの壁をぶち抜いて林道方面に吹き飛んで行った
その場に居た誰もが口を開いたまま固まる
あまりにも唐突な強襲
気配も無ければ足音も無い
ただナニカが一直線に飛んで来た

 

九香「・・・事前に呼んでおきましたわ。って、お母様流石に推測は余裕でしたけど、そこまで殴り抜けなくてもよろしかったのでは?!バラバラ死体の回収とか私嫌なんですけど?!」

蒼麻「いつつつつ・・・久し振りに喰らうと痛えなあ。というか結局殴られんのか俺は」

 

葉月「当然だ。母さんの葬儀にも間に合わんとは全く大遅刻にも程がある。まあ、外殻上では時間の経過が判らんので無理もないとは思うが、娘である私からの断罪の一撃とでも思って貰おう」

 

機械仕掛けの巨躯の鬼・白槌から降りながら葉月は言う
1000年前とは顔つきが少し違い、より美しくなったとでも言うべきか人間味が増していた
黒のチューブトップの上から緑のアクセントが映える黒のパーカーを羽織り
またも黒のホットパンツを履いて黒のニーソに黒の魔導式ブーツ
両腕には熱伝導の高い黒の魔導具を装備し、って黒多いな!
兎に角彼女的には隠密性を考慮してのファッションコーディネートであるので
自然全身黒づくめの装いになるのは別におかしくないのであった
いやおかしい、夏の天神町舐めてる
一度それで苦汁を舐めさせられたのを彼女は覚えていないのか
汗ダラッダラで愚痴を零し弥生にエアコン導入を薦められていたではないか
迂闊、これ以上無い程にとても迂闊
だが似合っているので良しとしよう
結局の所蒼麻も親バカなのであった

 

葉月「何か私に言う事は?」

 

蒼麻「・・・・・・ただいま。あと結婚おめでとう」

 

葉月「おかえり。それと祝儀は後で貰うぞ」

 

蒼麻「お手柔らかにお願いします・・・」

 

しめて十万払われた
蒼麻は帰宅早々なので財布は自室に置いており、実際払われた金は天星神の例の貯蓄からである
あれソレ結局天星神からの祝儀になるんじゃねえの?と言ってはならない
元々その貯蓄は神社内の誰でも引き落とし可能のフリーマネーなので、この場合使っても問題無いのである
・・・やっぱりちょっと違う気がしたので後日蒼麻の金で外食をした
焼肉屋の肉が一晩の内に消滅したのは言うまでもない
蒼麻は懐がとても寂しくなったので大層嘆き、店側は突然のハングリーモンスターの襲来に顔が引きつった

蒼麻「ま、幸せなら安いもんだな」

財布的には安くは無いが心が膨れれば安いのだ
ところで

 

蒼麻「君、誰?」

 

ずっと気になってはいたのだが、トントン拍子とお話が進むものだから全く指摘出来なかった事が一つあった
それは葉月の隣で微笑ましく立つ長身褐色の美丈夫
見れば額からはニョキッと二本の角が伸び、ああ人外だと一目で解るその容姿
鍛え抜かれた肉体を黒のインナーで包み込み、濃い青の袴を履いたそのアンバランスな装い
エスニック系なのかアジアン系なのかハッキリしろよと言いたい所ではある
あ、足元は葉月とお揃いの黒の魔導式ブーツではないか、とか

 

「あ、どうも、夫のアルダーアヴィスです。よろしくお願いしますお義父さん」

 

嫁姑戦争ならぬ旦那舅戦争の幕が切って落とされた
しかし心底どうでもいい戦いなので全部まるっと割愛である
取り敢えず一応の帰還は果たしたのでこれでこのお話は終わりとなるが
だが、ああ、忘れるなかれ
彼のお話が終わってもまだまだ語る事は山ほどある
だから、一度扉をパタンと閉めて、次のお話までゆっくり眠って良い夢を

 

終わり

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