クリスマス
聖夜だとか降誕祭だとか言われている日だ
平日の時もあるし休日でもあるし、人によっては祝日であるとのたまう日
だが此処天星世界ではれっきとした聖人の誕生日である
では、その聖人とは誰なのかというと・・・
赤「ああ、聖ヨクトだろ。あの堕竜殺しで有名な」
リビングで読書に耽っていた赤による簡単な説明によると、
まだ天使によって火がもたらされて少ししか経たぬ頃最初に誕生した聖人らしい
それまでの竜とは聖耀の竜と同じ四足に翼の生えた超常の存在
ふらりと人間の街に現れ炎纏う息吹によって何もかもを焼き尽くす自然災害
あくまでも自然発生的に現出するソレに『この世の悪意』を詰め込んだモノが堕竜とされる
同じく自然的に在るとされる精霊は純粋無垢でそこに悪は無い
悪ではないモノ、もっと言うならば元来悪を持ち合わせていないモノに悪を付加するとどうなるか?
ソレ全てを内に取り込み悪意は際限無く膨満して行く
そう、堕竜とは最早自然に立ち消える災害ではない
人を確実に死に至らしめる世界的破滅災害である
赤「人々がその結論に達した時、既に堕竜は幾つかの街を焼却した後だった。絶望と終末論と混沌とが混じり合う悲愴的状況に人々は希望を願った」
この場合の希望とは堕竜を殺す者の事である
だが考えてみろ、『災害』に対しての『殺す』とは何だ?
天災とは人々の手の届く範疇に無いものを言う
大地が起こす災害、天から降り来る災害、地の底から這い出る災害
この全てが人の手に余るものである。いわば理外の現象といえる
ただしこの時代の人間は未だ理外の現象というものがある事を知らなかったので、安易に希望を抱いてしまったのは仕方無いともいえるが
赤「絶望が許容量を超える・・・この場合は満たされるが正解だが、そうすると待っているのは人という生物の死だ」
赤「オレ達人外は許容量がそもそも設定されていないから問題無いが、人間は割と簡単にパンクするからな。奴等は生物としての死を経ると堕天するんだ。語源も原理もよく分からんがな。必ずそうなる」
そんな時に現れたのが最初に出て来た聖ヨクト
人でありながら人の枠を超えた突然変異の存在
人の枠を超えたといっても人外ではなく、あくまで人間の女の胎から産まれた生来の人間
ただ一つ違うのは、
彼は女であり、彼女は男であり、ソレは生物で、アレは神に程近かったという事
赤「一つじゃないって?いや彼の場合は四つで一つだったのさ。四面何処から見ても全く同じ、誰でも違う側面から見れば違う自分が見えるのに、だ」
その実聖ヨクトは人では無かったのかもしれない
彼以外の人間は彼と同じチャンネルを持っていなかったから、彼を見ても『そう』としか認識出来なかったのかも
三日三晩に及んだ堕竜との聖戦は人々の予想とは違い実にあっさりと幕を下ろす
聖ヨクトがその身に纏っていたのは教会から支給された何の変哲も無い銀の剣と、量産に適した簡素な作りの鎧
そして・・・
赤「・・・産まれる直前に母体が取り込んだ大量の聖水」
堕竜が取り込んだ悪意を赤子に伝播させてはならぬと対策として行われた民間療法
胃を流れ、羊水へと溶け込み、赤子は生まれながらに聖水を纏う異形となった
悪意と相対した時のみ彼の身は真価を発揮する
例え剣の腕に優れていなくとも彼は生まれながらに『災い』を『殺す』者であったのだ
『彼のその後の生涯に特に面白い事はありませんでした。堕竜の件以上の災害は発生せず、また堕竜に匹敵する悪意も起こらなかった。私の役目はあそこが最初で最後だったんです』
彼はのちに自伝にそう綴ったとされる
今も尚、聖ヨクトの堕竜退治の物語は天星世界に住む人々に希望を与え続けている
終わり