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――――――此処に、一冊の本がある

半分までページが埋まったソレは、今も記録する為に世界を廻り続けている

 

第壱話
「夢のまた夢」

 

夢を見ている様だ
不確かな思考のまま揺り籠に揺られる脳細胞
見るのは決まって過去の夢
まだ自身が一介の魔術師であった頃
それも今は日に日に薄れてきつつある
その男は夢を見ている
夢の中で夢を見ている等前代未聞の出来事
紐解いた紙片の奥で、眩い何かを垣間見た
それは男にとっての辿り着く先であり
半分にも満ちていない道であった
目指していたものがあった
憧れていた人が居た
掴もうとした夢があった
忘れてはならぬ想いがあった
その全てを捨てて
その全てを忘れて
溜めても堪えきれなくなった
水の様に零れ落ちる事がある様に、堰き止める事も叶わない
思考は奔流と化し
身体は個を失い
魂は留まらず
夢の奥で潰えていた物は、確かな実体を持って
確かな確証をもって現実を侵食する
幻世は現世を覆い
覚世や常世をも覆い尽くす
ならば、せめて自身だけは食い潰されぬ様に
夢のまた夢の中で眠りにつこう

本は見ていた
夢を見ていた
覆せぬ過去の過ち
見果てぬ想いを断ち切って成した行い
真実は如何あれ己はそうと決めた
決して揺るがなかった心
しかし、誰かが止めたのならばそれも違っていたかもしれない
子供が夢を持ったまま大人になる様に
彼もまた想った年月は月にも近い

―――彼女なら・・・・・・或いは、彼の行いを無かった事にしたかもしれない

それは、また別の話である

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

半分までページが埋まったソレは、今も記録する為に世界を廻り続けている

 

第弐話
「風を感じて・・・」

 

欲しい・・・
アレが欲しい・・・
他の何よりも
どんなソレよりも
只アレの為なら何でも出来る
―――風が吹けば変わったかもしれない
世界の何処かで何かが泣いている
泣いて、鳴いて、啼いて・・・・・・
ナキツヅケタ結果が如何でもいいモノ
自滅
崩壊
終了
滅亡
そのどれもが当てはまり
そのどれにもはまらない
破片が足りないジグソーパズルの様に
違う処にピースをはめて
絵が埋まらずに違う絵が出来た
不恰好な姿にキレの悪い構造
外はしっかりしているのに
中身はもうボロボロで、触れたら今にも崩れ落ちてしまいそう
それでも欲しかった
手に入れたかった
奪いたかった
眺めてみたかった
そんな衝動を、彼女は拒否をしたけれど
最後は人形みたいに首をカクンと縦に振る
糸が切れて動かない少女の身体
求めていたモノと違うと何時頃理解したのか、今となっては忘れたけれど
欲しかったモノは手に入れた
既にこの手には無いけれど
何時か何処かの世界で必ず待っている筈・・・だから―――

『今はこの吹き荒ぶ風を感じていて・・・・・・後で必ず会いに行くから』

本は見ていた
崩れ去る様も、風を受けるモノも
本も風を感じていた
心にぽっかり空いた穴を埋める様に吹く風を
今でも覚えている彼女の横顔を思い出しながら・・・・・・

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

半分までページが埋まったソレは、今も記録する為に世界を廻り続けている

 

第参話
「自我」

 

人間は何時から自意識を持ち始めるのだろう
人間は何処から知識を汲み取るのだろう
人間は何故争おうとするのだろう
幼い頃から頭の中はその三つの事柄しか浮かばなかった
そもそもその事柄自体は何時の頃から考える様になったのか
それさえも思い出せない
自我が確立したのは彼女のおかげ
自意識が確立したのは彼女の所為
知識があったのは生まれもって
争いなんて如何でもよかったその時代
彼女に出会って考えた
彼女が教えてくれた世界の軸の話
世界には芯があって、それにギアやら何やらがくっついて世界を回しているのだと教えてくれた
師みたいな存在だった
同時に憧れた時期もあった
憎んだ時もあった
哀しんだ頃もあった
目の前から居なくなって少しして
その理由は知らないけれど
もう顔も思い出せやしないけれど
確かに彼女は笑っていた
嗤いではなく、哂いでもなく
只単純に笑っていた
笑顔で此方を見据えていた
彼女は解っていたのかもしれない
――――――近い未来にその少年が消える事を

本は思い出した
彼女の事を思い出した
記録の初めにあった事を
記憶の終わりにある事を
古い世界であった事
新たなページに書き記されていくその出来事
懐に隠して誰にも見せなかった傷の様なもの
ああ・・・今でも覚えている
優しかった彼女の笑顔を―――

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

半分までページが埋まったソレは、今も記録する為に世界を廻り続けている

 

第肆話
「祝戦烈火、是矛盾にして帰結すもの也」

 

戦いは至極全うな事ではない
家族を捨て
友を失い
国が崩れ去る
その様な空間で行われるものだ
戦いは至ってまともな閉鎖空間である
敵を根絶やしに
愛する者を置き去りに
国に歯向かう
その様な虚偽的なものである
それは余りにも単純で
余りにも重いもの
人は戦う
人は殺す
人は奪う
人は笑う
人は死ぬ
戦火に包まれ、骨だけになる
包まれながらも、望みを捨てない
それらは全て矛盾である
自身が起こしたモノは、自身が止めない限り止る事はない
仮説を立てるとする
自身は二つの人格を有する
片方が犯した罪は果たしてもう片方にも被せられるのか?
肉体は同じでも魂は別の者
片方―――表が犯した罪をもう片方―――裏は知っている
しかし裏が犯した訳ではない
そうなると順序的にも表だけが被る考えになる
つまりはそういう事である
自身が起こした事は他人には鎮められない
世界という「」も同じ事
「」が広がれば「 」が生まれるが
「 」を世界以外のモノが手にかけても「」は狭まらない
そこが矛盾と呼ばれるものである
戦いを終わらせたいと思う第三者と、終わらせたくないと思う第三者
この状態を「矛盾」と呼ばずして何と呼ぶ?

本は思った
確かにその通りだと
その言葉を待っていたと
本は解っていたのだ
今まで回っていた世界全てが、矛盾を孕んでいたという事を
だからその言葉に賛同した
――――――たとえ、それを言った者自身が矛盾を孕んでいたとしても

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

残り一ページまで埋まったソレは、あと少しなんだと己を奮い立たせ廻り続ける

 

第伍話
「」

 


其れ即ち戦いの原点也

其れ即ち堕落の原点也

其れ即ち人生の終焉也

其れ即ち世界の間違い也
この世ならざる者にも生命がある様に
全てに等しき生は宿っている
覆せぬものには意味があるのか?
覆われるものに明日はあるのか?
終に歩んでいく時を果たして止められるのか?
乖離する心を繋ぎ止めるには如何すればいいのか?
答えは未だ解らない
理解し得ない事柄なのか
そもそも理解し得る範疇なのか
それすらも闇に埋もれ
灰燼と帰すだろう
灰は灰に
塵は塵に
露となりて其れは虚空を横切る涙となる
ならばその果てにあるのは見渡す限りの真実かと問われれば
その答えは否である
真の真実というものは
果てしなく偽りの狭間に揺れていて
その反面己を固有制御する為だけのものである
死を死体に加えても何も変化が無い様に
生を動いているものに足してもそれは既に生を持ち合わせているが故に
生を受け取る事は困難
まるで鏡合わせの螺旋階段かの如く
何処まで行っても交わる事の無い終点
二つに別たれて届く先は逆の道
先の無い崖の下で我が身を思って嘆く事しかその身には選択肢は残されていない
ならばせめてこの身に生と死を
何時までも壊れる事のない心の臓を
何処までも続く身を引き裂く業火を
過去に願った望みは未だ果たされてはいないけれど
矛盾した二つの狂った因子がこの身の内にあるのなら
―――彼女との時間も又間違いなんかじゃないんだから

 

「」は感じていた
彼女の鼓動を
耳に劈く程の巨大な咆吼
芽吹いたかと思う程に成長する木々
気付けば己の体躯はあの時のまま
傷付いた身体と凍り付いた心
それらが溶け出していき、驚く程優しい気持ちになれた
目の前には眩しい程の光源
温かなものが待っている
「」は今一度戻る
「」は今一度還る
「」は今一度出逢う
――――――あの頃の己と彼女に

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