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――――――此処に、一冊の本がある

中は真っ白なページしかない

だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている

 

第一話
「虚空を見やる鷹」

 

その日は恐れを抱くほどに空が崩れていた
いや、言葉通りに崩れていたのだ
鷹が一羽空へと上る
彼は何を知って崩れた空へ向かうのだろうか?
いや・・・彼は知らずとも感じていたのだ
その身で・・・・・・体感していたのだ
その虚空を浮かべる崩れし空は
この世の何もかもを魅了し、粉々に壊してしまうという事を
鷹は思った
「この空に上ったが最後、私はもう地上には戻れないだろう。
だが・・・それでも私はこの空が好きだ、魅了されていようといまいと私はこの空が好きだ。
ならば飛ばずして何をする?地面を這いつくばって死ぬか?人間に狩られて死ぬか?そのような死に方をする位なら、私はこの壊れた空に上り死を迎えたい」
・・・と
――――――本は見ていた
この鷹の一挙一動を見ていた
止める事も、話す事もせず
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何してあの鷹を止める事が出来ようか?
本は見ていた
鷹が空へと上り、二度と帰って来なかったのを・・・見ていた

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

中は真っ白なページしかない

だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている

 

第二話
「響くは悠久の鐘の音」

 

その世界は光に満ち溢れていた
人々は幸せに胸踊り、その風景は永遠に続くと思われていた
一夜にして地上の人間が全て消えるまでは・・・
――――――言い得て妙である、何故一日にして大陸中の人間が消えてしまったのか?
そのような疑問は一時の些細なものでしかなかった
確かにその世界は光に満ち溢れていた
人々は幸せに胸踊っていたかもしれない
・・・しかしである
その反面、世界に覆っていた様々な不幸からも目を背けていたのは事実である
其処に在った人々は何を考えていたのだろうか?
明日にはもう日の目を見る事が出来ないとは誰も思わなかった事だろう
今では、もうその世界には何も無い
人間が居なくなるという事は、総じて生態系が狂うという事
木々は枯れ、動物は飢え、そして世界は錆び付く
それでも動き続ける物はある
風が吹く
それは鳴り響く
既に誰も聞く者は居ないのに・・・
その――――――巨大な鐘は鳴り続ける
たとえ・・・・・・世界が朽ち果て崩れ去るとしても
――――――本は見ていた
独りぼっちの鐘を見ていた
何をするでもなく、耳を傾ける訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何してあの鐘を救う事が出来ようか?
本は見ていた
鐘が錆びて、もう音を発しなくなるその時を・・・見ていた

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

中は真っ白なページしかない

だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている

 

第三話
「灰色の背中」

 

その男は・・・いや女でもいい
どちらでも良いのだ
その生物には通常の概念が通じないのだ
しかしはっきりとしている事はある
――――――背中全体が他の色と、混ざらない位濃く灰色に変色しているのだ
何故その様な色なのか?
答えは簡単なものである
その生物は大昔に戦に出た
地上を焼き、海を蹂躙し
そして・・・・・・彼(彼女)そのものを破壊した戦に
今でも戦い続けている
意味なんて無い
守る者も今はもう居ない
それでも戦う
それ故人は其れをこう呼ぶ
『生命の灰色』
――――――本は見ていた
そのどうしようもないまでの生物を見ていた
もう戦わなくてよいと諭す訳でもなく、何故生命の灰色等という馬鹿げた名前を持っているのかと問う訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが何故その生物に「戦うな」と言えようか?
本は見ていた
其れの命が燃え尽き、守った者の元へと昇って行くのを・・・見ていた

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

中は真っ白なページしかない

だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている

 

第四話
「白とシロ」

 

白は、何ものにも慈しみを与える色だった
シロは、どの色とも相容れない・・・もしくは交われない色だった
そもそもシロは、色なのかさえも解らなかった
白はシロを憂いだ
シロは白を羨ましがった
『シロは、独りぼっちなの?』
『白は皆の憧れなんだね』
何処まで行っても白い部屋で、二人質問し合った
何処まで見ても白い地平線しか広がらない大地で二人は誓い合った
『シロは何時までも側に居ればいい、他の色となんて交わらなくていい。ずっと守ってあげるから』
『白は皆の憧れであって、他の色とも仲良くなって。忘れてくれていいから』
白はシロを大事に思い
シロは白を大切に思うあまり、遠ざかろうとする
二つの色は対等の関係にありながらも、決して相容れない存在
外見、存在、性格
全てが類似している筈なのに、やはり何処かで何かが違ってくる
違うのは中身
違うのは内面
違うのは内に秘めた本当の想い
交錯しそうでしない二色の関係
――――――本は見ていた
儚くも現状を維持している二人の「しろ」を見ていた
手を差し伸べる訳でもなく、二人を離す訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何して二色を一つに混ぜる事が出来ようか?
本は見ていた
最後は白が立てた波によって、シロが忘れ去られていったその瞬間を・・・見ていた

 

 

 


――――――此処に、一冊の本がある

中は真っ白なページしかない

だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている

 

第五話
「閉じ込められた本質」

 

意識・・・何時から失ってしまったんだろう?
意思・・・何処から剥がれ落ちてしまったんだろう?
自分・・・何故壊してしまったんだろう?
皆笑っている、嘲笑っている
皆泣いている、咽び泣いている
皆怒っている、怒りのまま感情を押し付けている
自己を見失ったのは何時から?
そんな意味の無い質問に答えを返してくれる人は、此処には居ない
此処は此処であって此処ではない
全てのものはちゃんと内面に本質を備えている
だけど此処には其れは無い
何処で捨ててしまったんだっけ?
それとも拾ったままで、使っていないだけ?
でも、これだけは言える
『此処には本質なんて大層なものは無い、それと同時にボクにも無い。本質が無いと人は生きていけないと誰かが言った。でもそれは、本質を持ってるから生きていけるんじゃなくて、本質にすがってでも生きていくのが人だとボクは思った。』
――――――本は見ていた
本質を持たなくても生き続けている少年を見ていた
概念で捻じ伏せる訳でもなく、其の多大な知識量で凌駕する訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何にして少年を終点に連れて行けようか?
本は見ていた
少年が無に還っていくまさにその時までを・・・見ていた
――――――何故か、その時だけは涙を堪える事が出来なかった

 

 

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