――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第一話
「開幕の白狼」
狼
牙を剥き、肉を穿つ
狼
群れを成し、集う形
狼
叫ぶ・・・全てが始まりを告げる
叫び続ける・・・声を嗄らしてまで何を訴える?
鳴いた、笑った、慄いた、侮蔑した、辱めた、恐怖した、怒った、感激した
・・・・・・始まった
全は一也、一は多也、多は小也、小は個也
幕が上がる
この舞台に立つものは、人でもなく物でもなく
ましてや者でもなく、概念でもなく
始まりにしか現れる事の無い、白き鋭毛の狼
『さあ、始めようではないか・・・真っ赤な真っ赤な月を懐に抱き、その黒き双眸で見つめたまえ――――――夢を食い潰した一冊の本の物語を』
――――――本は見ていた
人の言葉を喋る白き鋭毛の狼を見ていた
やはりこれから始まる事柄を納める様に、そしてその身に蓄えるかの如く
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
だが反面「今は」何も出来ない本だ
そんなものが如何して「今」如何にかしようとするのだ?
本は見ていた
終わりを共に見ながら始まりをも共に祝ってくれる白狼を・・・目を細めながら眺めていた
始まってしまった次の物語に、どんな結末が与えられるのだろうかと考えながら
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第二話
「世界の理/無情の真実」
世界は理という核を抱いて廻っている
理を失えばその地上に巣食うものは全て消え去る事だろう
抑止力
幾許もの年月、世界に害をなすものを駆除してきた
再生
払拭されたものは又、輪廻を巡る
創造/破壊
全てのものは無から創造され、最後には破壊され無へと還る
理
・・・・・・詳細不明、根本的な説明すらこの世から抹消されている
いや、抹消されたのか・・・
最も近く理に近付き過ぎた少年が言った
『知らなければいい事だってある』
何を知って、何を見たかは解らない、理解しえない、しようとしない
そう、例え少年が今の世界の理が「ちっぽけな石っころ一つ」とか「崩れる寸前の柱」と言ったのだとしても
既に確かめる術は潰えている
――――――だって少年はもうこの世界には居ないのだから
――――――本は見ていた
何も知らないでのうのうと其処に暮らしている人々を見ていた
警告する訳でもなく、注意を促す訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが何故その様な意味の無い行動をしなければならない?
本は見ていた
亀裂が入り海は消え去り、陸は崩れ空は砕け人々が死に絶えていくその世界を・・・ずっと見ていた
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第三話
「拙き人形達脈動す」
糸の切れた人形が、奈落の底より這い出てくる
その体躯には無象のカラクリ
歯車に蝕まれた瞳
入れられなかった心
空気を受け入れるだけの口
這い出た先は地獄の果て
煉獄の炎に焼き続かれる運命
『もう、終わりにしたい』
と、一体の人形が言った
許されざる罪
凍る事の無い想い
覆される事の無い世界
今もまた何処かで、人形になった人間が増えている
――――――本は見ていた
人形達に埋め尽くされた奈落の底を見ていた
見下す事もなく、呪詛を吐き出す訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何してあのものたちを侮蔑出来ようか?
本は見ていた
何時までも汚物の様に人形を吐き出し続ける、深く昏い奈落の底を・・・見ていた
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第四話
「TotumMemoria(全ての記憶)」
柱が在る
必然と立っているソレは記憶の中枢
何時だったか昔、科学の粋を集められて造られたモノ
ソレの用途を知る者は今はもう数える程しか居ない
ソレの関係者達
ソレの上に位置した者
中のモノを盗み見た者
過去に中に何が入っているのか調べた者達が居た
彼等はこの世で『ハンター』と呼ばれている者
ハンター
知恵を追い求める者
知識を発掘する者
外れた者
今はもう数える程しか居ない
だけれどどうか忘れないで欲しい
大昔、全ての記録を詰め込んだ柱が在った事を・・・
『・・・・・・・・・揺らめく古の記憶達』
どうか悲しまないで欲しい
炎に揺らめくその破片は、古からの想いを受け継いでいる
どうか消えないで欲しい・・・
――――――本は見ていた
硝子に映ったかのように歪んでいく柱を見ていた
その後を聞く訳でもなく、前に見据える訳でもなく
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが何故記憶を蓄積する
本は見ていた
只其処に在り、記憶を詰め込み続ける巨大な柱を・・・見ていた
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第五話
「張り巡らされし虚言達」
つまらない
こんな事をして何になるというのか
笑ってやろう
その方が貴様も楽だろう?
泣き崩れてしまう
こんなにも心の奥底に来るものが未だあったとはな
あそこまでは出来ない
其の者は彼の者とは違うから・・・
暗い闇に飲まれるのは嫌だ
・・・ソレモマタチガウ
違うものなのに違わないと虚勢を張って
同じものなのに同じものではないと嘘を言い
世界に破滅を約束し
世界に崩壊を宣言し
遍くもの全てに死を予言し
此処へと至る道を駆逐し
其処へと渡る為の橋を落とした
・・・マダヤルノ?・・・
誰かが言った
何かが言った
オマエガ壊した
お前がコロシタ
持ちつ持たれつ解けていく糸巻き機の様に
ページが真っ黒な墨に覆われていく
白いページを黒く黒く汚していく
存在は外れて
意味は無くなり
因果は正常に・・・
魂は天に昇り
本は地に堕ちた
闇に沈んで一度は無くなって
又現れて、又消えて
長き刻を歩みてそして・・・・・・
最後に壊れて破れた
ソイツノ人生なんてそんなもの
良い事なんてありゃしない
悪い事だってありゃしない
何でも有るけど
何も無い
そんな真っ白な世界
――――――本は見られなかった
幾億もの嘘を吐き出す様を見られなかった
逃げ出す訳でもなく、忘れる事も出来ず
只・・・其処に居た
自分は一介の本に過ぎない
そんなものが如何して目の前の虚言と重なってしまうのか
本は動けなかった
解っていた
理解していた
違う訳が無かった
間違う筈が無かった
本当であって嘘とも云える虚言を言う者達が
自分の事を言っていると云う事を
本はこの時の事を忘れる事は無かった
何時までもずっと・・・