――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第一話
「漆黒の鳳凰」
天高くそびえる山頂の頂
昏き天の其の下に犇き合う有象無象のモノ達
蟲とおぼしきモノを啄ばむ其の姿は正に鳥のソレである
尾羽には幾多もの長き装飾
装飾と云えば煌びやかなものを連想するだろうが、其の鳥のソレは違った
―――黒いからである
黒く昏く闇の様でいて、その反面何処か透き通った様な色であるからだ
神話の黄昏を感じさせる様な其の鳥の名は『鳳凰』と云う
しかし人々が伝え聞く鳳凰とは何処か違っていた
外見が違うのは当然ではあるが、それとは別に何か違和感があった
鳥
―――それはいい、当たり前の回答だ
黒い躯
―――それもいい、只種族が違うのかもしれないからだ
刺々しい毛並み
―――環境が違うのだろう、それかまだ順応しきれていないのかも知れない
燃える様な瞳
―――そもそも鳳凰は燃えていなければ鳳凰ではないだろう
では何だろうか?
其の答えは解り易かった
――――――翼が無い
何者かに引き千切られたか
それとも最初から無かったのか
そのどちらにしても余りにも不鮮明な事実だった
翼の無い鳥
山頂という名の鳥籠に縛られし昏き瞳の鳳凰
もがけばもがく程にきつく絞まっていく、袋の出口の様に
動けば動く程その躯を蝕んでいく憎悪の塊
何時から失ってしまったのだろうか?
余りにも解り易過ぎて、逆に忘れてしまったのだろうか?
この下に蠢く蟲達に、逆に喰い殺されてしまうのは何時なのだろうか?
其れは遠過ぎずとも近過ぎぬ未来の事かもしれない
――――――本は見ていた
何時か近い時に居なくなるであろう鳳凰を見ていた
救済する訳でもなく、付き添う意志も見せず
只・・・見ていた
自分は一介の本に過ぎない
だが反面其の鳳凰とは少なからず面識があった
しかし其れが如何した?
ここで助け舟を出せば鳳凰は助かるだろうが、心までは助からないだろう
鳳凰にも誇りはある、一朝一夕で傷を癒せる筈が無い
本は見ていた
だが、せめてと別れの花束はくれてやった
しかし其処にはもう昏き鳥は居ない
啄ばんでくれる者が居なくなり、飢え死にするだけとなった蟲が居るだけだった
それでも良かった
居ない方がこの言葉を聴かれないで済むからだ
『さようなら、我が親愛なる同胞よ。せめて安らかに眠るがいい』
其の世界に鳳凰は居なくなった
事実上居なくなった
最後の一羽だったのかもしれないし
元より炎の中より蘇る様な器でもなかったのかもしれない
これだけは云えるだろう
――――――彼は死して初めて翼を得たのだ
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第二話
「氷れる盲目」
空が流れる
雲みたいに流れていく
見つめるは視点の合わない眼
熱の宿らぬ眼
それもその筈
流す泪などとうの昔に枯れたし
視るべき者など既に形を保っていないからだ
苦悶の声を上げたのは何時の事だったか
もがき苦しんだのは一時の些細な事だっただろうか
偏にそこに闇が広がろうと
崇高なる光が照ろうと
決してその信念は変わる事はない
寒空の下想った
この世は天秤
荒れ狂う風に蝕まれ、名も無きモノを秤に掛ける
その様は正に死と命を比べ合う理の一つ
ならばこの何も見えなくなった眼に映るのは贋作か幻かそれとも・・・
消えない後悔と吐き出せぬ本音
天地を見下ろし、孤独を嘆いた
それでも気付いていた
見えぬ事は不利ではない
ましてや見える事が不利なのだと
この眼は盲目
されど未だ鋭さは保っている
氷れる盲目は衰えておらぬ
かつてこの世の全てを視たというその瞳には
力の奔流が感じ取れていた
だから泣いた
もういい、これ以上はいい
これ以上は外れる事になる
だから・・・・・・もう終わりにしよう
系譜は続く
海を渡り、丘を越えて
陸を一跨ぎにして続いてゆく
遥かなる蒼穹へ
彼が愛した永遠の故郷へ
だから本も何も言わなかった
彼がそうだと言ったのならそうなのだと
だから何も・・・言わなかった
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第三話
「冷たい冷たいその奥で」
この世に命は幾つ在るのか貴殿はご存知か?
極寒の風が通り過ぎる
寒さを伴った風は春までまだあるのだと言う事を教えてくれる
せめて凍えないようにとポケットに手を入れた
直後、何かが手に触れた
いや・・・そんな気がしたのか
手には見慣れない誰かの手
先のある筈の無いポケットという伽藍洞の穴の中
目を擦って見てみても
広がるのはやはり闇
暗がりの為に誰かとぶつかったりでもしたのか?
小さい文庫本片手に道行く人を眺める
誰も見向きもしない
誰も近付こうとしない
誰も見えていない
誰もが皆自分の事で精一杯
ポケットの中は無限大の宇宙
何処かに繋がってる
何処にでも繋がってる
何時でも繋がってる
何時も其処に在る
でも私は知ってる
知ってたのかもしれない
手っていうのは何かを掴むもの
どんな物でも掴もうとするもの
どんなに危険でも
どれだけ自分に非のあるものでも
手は決して掴むのを諦めない
―――それが私にとっては・・・・・・むしろ滑稽に思えた
本は見ていた
否、見えていた
誰もその少女に気付かない
高潔な体を晒しながら
その反面、人の死を掻き集めているその少女に
魂等要らない
肉体なんて以ての外
首から上は観賞用
瞳は宝石散りばめて
首からぶら下げ弄ぶ
人はそんな様を死神なんて言うけれど
そんなものは生易しくて
児戯にも等しい名だけれど
少女は気にしない
だって今日も彼女は人の手を掴んでる
そこから遊ぶ為の玩具を引っ張り出す為に・・・
背筋に悪寒が走ったのは彼女と初めて出逢った時
振り向いて此方に微笑んだ
感情の無い顔で微笑んだ
口が裂けてて余りにも滑稽だった
人じゃない『何か』
自分の他に
白き鋭毛の狼以外に
漆黒の鳳凰以外に
根本が同じ者が居たという事に
そんな偶然の様で必然の様な事に戦慄した
今此処で逢わなくても、何処かで逢っていただろう結果が見えてくる
彼女は言った
『闇に沈みし本は滅んだ筈ではなかったのですか?』
そう・・・確かにあの群青の黎明の日
『甲禮の者も萩玲の者も覚世(かくりよ)に退き下がったというのに・・・』
ああ、白狼も鳳凰も還ってしまった
『まだ【世界の解】に挑もうと言うのか、貴殿は?』
それだけが自己の・・・この本の存在理由
『解は恢にしか辿り着かぬ、それは御主とて解っておろう?』
説法は聞き飽きた・・・協力するか否かを自己は問うだけ
『そんな事は決まっておる・・・・・・私は貴殿の傍に居る事だけを望んだ身』
ならば話はこれで終焉
『この世界もじき終わる・・・次の世界に跳ぶか、闇に沈みし本よ?』
微笑んでいる
それは出逢った時と何ら変わらない
―――冷たい笑顔
――――――此処に、一冊の本がある
中は真っ白なページしかない
だが侮るなかれ、この本にはそれまでこの本が見てきた物事が封じられている
第四話
「響く足音/憑きし夜」
カツンと、音が鳴る
反響していき騒ぎ出す
歩く/走る
別に誰も居ないのだからと/誰かが後ろに居るのだと
高揚とした気持ちで/焦る脳を総動員して
踊り場で舞う/恐怖に耐えるしか
吹き抜けの天井の真上には輝く月が一つ/闇の中不敵に轟く禍々しい穴が
祝福しているかの様/外には出られない
響くのは自分の足音/追ってくるのはこの世ならぬ者
交差するのは一瞬
どちらがどちらかなんてもう理解出来ない
もう立場は転換され
自分の足音が響/追いついたのは
―――何これ・・・?/何も無い空間だけ
片足が喰われて―――/安堵した心
痛みは五臓六腑に染み渡り/逆転する世界
高揚は絶望へ/恐怖は安心へ
全ては螺旋へ
全ては輪廻を
全ては振り出しに
全ては終わる
――――――【彼】は見ていた
本として、魔の者として
螺旋は行き着く先の無い屍道
輪廻は変わる事の無い結末
振り出しに戻れば何も無かったかの様に
終わる、何もかも
それでも【本】は記録する
それでも【彼】は記憶する
連続する死を・・・・・・獅子死屍四肢死し志視四屍死シシ宍刺伺覗柴糸至!?!?!?!?!!!!
貴方は死が何処まで迫ってきているか知っていますか?
――――――此処に、一冊の本がある
半分までページが埋まったソレは、今も記録する為に世界を廻り続けている
第五話
「死」
消えた
命が消えた
そんな何処にでもあるような文句を言われた
消えた
何が消えた?
命が
誰の?
そこまで言って理解した
―――自分の、だと
死というものは理解してはならないものであり
作ってはならないものである
垣間見える死の具現
直視するには些か毒すぎるそれは
あり得ない方向に捻じ曲がり
基礎さえも壊しかねない程不安定である
気付けば自身を侵食している影
足元を崩壊させかねない致死量
せめて対策があればと先人達が挑んだが、それは一片の意味も成さず
回避等出来ぬと何人が悟れたか
つまらない、つまらない、つまらない・・・・・・
死なんて一時の休息と同等で、絶望も恐怖も微塵にも感じない一種の快楽と云えるのに
なんて、何て、ナンテ愚かな
受け入れろ
死を受け入れろ
理由なんて如何でもいい
原因なんてそんなものは二の次だ
考えるのは如何やって死ぬだけ
方法は幾らでもあるだろう
絞殺、刺殺、斬殺、毒殺、水死、焼死、爆死・・・・・・
挙げていったらキリが無い
それだけその世界には死が満ちているという事
だから言った
命が消えた、と予知師は言った
言われて気付いた、自分が死んだ
追いかけられて、追い詰められて、あっけなく死んだ
頭が割れた
比喩ではなく中から粉々に
外から内部へ焼けた鉄の棒を何本も何本も刺された感覚
さしずめ頭部は針の山
だから言ってやった
―――この体は死んだ、死がすぐ後ろまで迫ってきていたから
見られない
見る事が出来ない
何故なら死んだのは己なのだから
闇に沈んだ本なのだから
外殻が一欠けら死んだ
残るはたったの十四枚
だから見れない
見る事は叶わない
見る為の器官が一つ削げ落ちたから・・・