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闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は五枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る

 

第壱話
「煙の符号」

 

脆弱な市民による、脆弱な市民の為の、脆弱な市民を守るドーム世界
世界の所々がドームと呼ばれる機械機関に覆われている街
一歩ドームを出れば
其処は荒れ果てた大地と
汚染された空気が交じり合う地獄
大昔、まだ今の世代が生まれてもいない時代
暴走があった
氾濫があった
虐殺があった
消滅があった
街の端に一人の音出し師が居た
関係の無い事だと云うだろう
だから如何したと
ドームの周りを昇る煙がある
諸説によれば其れはその音出し師の心残りによるものだという声もあった
其れは何故か?
簡単な事だ
煙が符号を作っているのだ
誰かがそう仕組んだ訳でもなく
吐き出し続ける
彼の無念を外に晒し続ける
気付けば外を濃厚な煙の霧で
白く白く満たしていた・・・

本は聞いていた
その煙が奏でる符号の演奏を
心の芯に響く濃密な魂の曲を
心なんてものは過去に置いてきた物の筈なのに
自身にそんな物は無い筈なのに
―――気付けば・・・・・・満たされていた、心が

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は四枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る

 

第弐話
「掴み損ねたあの手」

 

遅い
遅かった
遅すぎた
手には一瞬前まで動いていた人の腕が握られている
振り落とした
握っていても意味が無い
肘から先の無い瑞々しい白い腕
未だ温もりの残っていた腕
今では雪原に真っ赤な水溜りを残していく只の血袋
ポタポタと流れる溶け出した液体
引っ張るのがもう少し早ければと
近くで誰かが言ったけど
そんな事は関係無い
遅かれ早かれ切り裂かれていた
カマイタチの様に肉を分断させた生き物
目がギラギラと輝いて、逃がしたとでも言うかの様な叫び声
耳を打つ金切り声
長い騒音を空っぽの頭で聞きながら
関係の無い客観的視線で見る
短い走馬灯を気だるそうに
欠伸をしながら死んでいく
理解出来そうに無い、生き物の存在理由を訴える叫び
そんなものは如何でもいい
只の些細な事

本は見ていた
まあ少しは生き物の叫び声に怯んでいたが
さっきまで持っていた腕は
既に腐食が進み、原形を留めない位まで豹変している
蠅が数匹たかっている臭いの強い屍骸
でも、それでも
―――この手は、腕の感触を・・・温もりを覚えていた

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は三枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る

 

第参話
「長き道のり」

 

遠い
最初の一言はそれである
長い
途中までの言葉はそればかり
最後はもう何も言おうとしない
彼等が歩んだ道は、魂の返還場所
死ねば一度は通る道
只の一本道を何も持たずに歩ききる
一度は諦め道を戻ろうと決めるも
既に道自体は掻き消え、進むしか選択は無い
足は痺れ、心は揺らぎ
疲れ果て風に身を任せて道を踏み外し落ちる先は冥界の底
獄卒共がたむろする世界
私怨飛び交う底に落ちるか
そのまま進んで魂の救済をするか
答え等はある訳が無く
その終点は幾つもある
遠い
そんな一言は今思えば些細な事であり
長い
それもまた進んできた距離を考えればまた些細な事である
だから最後は何も言わない
辿り着いた場所がたとえ己にとっての折り返しでも
そこが魂を救う場所である事には変わりはしない

本は見ていた
遠いとも長いとも考え
それが先人達と同じ考えだったのだと後で知り、自身に呆れさえしたが
そんな事すら些細な事なのだろうと思った
その道は世界を飲み込む程長いけれど
得るものもまた同様に長く得難いものである
―――だからこの目にも先人達と同じく魂が救われた場所が見えた・・・それはこの世ならざるものの様

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は二枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る

 

第肆話
「痺れの園」

 

苦い
それが口にした直後の言葉
その数秒後に数秒の痺れ
雷鳴に打たれたかの様な痺れである
その原点であるのは
見紛う事の無い純粋な人の魂
何を如何狂ったかは知らないが
元は荒れた野で見つけた魂
砂の侵食に耐え切れなかったか
死骸は肉を脱ぎ捨てた髑髏そのもの
それが何をしていたかなんて興味等無いし
それを知ってこの身が如何にかなるなんて思わない
この身に呪いなんてものは効かないし
それはこの身とは反するものであるからだ
たとえあの荒れ果てた野が近い未来
緑に覆われ、蔓の園になろうと
この身には何も関係無い

本は見ていた
舌が未だに痺れで感覚を失っていたが
何となく毒が少量入ってたんじゃないかと思う程に痺れている
だが解っていた
これは魂の所為ではなく
只単に・・・
―――何かを口にするのは、過去と決別して以来だったからである

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は一枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る

 

第伍話(A)
「漂う薫り」

 

最初何かと思った
気持ち悪くなる頭を気合で押さえつける
まるで船に酔ったかの様なダルさがあった
数秒経ち、緩和される頃
そこには既に何かが施された跡があり
湧き水の様な清潔さと透明度があった
芳醇な香り
草花の独特な匂い
自然を丸ごと持ってきた様な感覚に捕らわれそうになる
しかし思い出す
ここはその様な所ではない事を・・・
例えるなら地上に浮上した冥界
対応をしなくなった天国や入りきらなくなった地獄でもいい
そんな所で仄かな薫りを嗅げる訳が無い
なのに・・・この身はそれを求めてしまう
だから起こった事実

本は見ていた
正気に戻ればまた強烈な腐臭が襲ってきたが
そんな中でこの身はよく分からない泥に、全身が飲み込まれそうになるのを必死で振り解く
単純に自身が編み出した空想なのかと、頭の中で反芻したがこれだけは思考出来た
―――偏にあの薫りは己の頭を、良い意味でも悪い意味でも正常化させたのではないかと

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば後は一枚の断片を残すのみ

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本はその時――――――識る


第伍話(B)
「聴き惚れし華麗なる美声」

 

鼓膜を軽い刺激が通り過ぎていく
騒音ではなく
聞こえるものであり
高低差の無い
軽やかなリズムで
それは流れていた
神経を活性化させるかの様な音程
胸躍らせるかの様な原楽
楽譜にそのまま乗せているかの様にさえずるその姿に
目を見張る者は誰一人として居らず
無闇に口を出そうとする輩も存在せず
風に流しながら唄う
それは何処かの国の童謡なのか
それとも自分で作った唄なのか
曲さえも今まで聞いた事の無い不思議なものがあり
その場に居る者なら誰一人例外なく感じていた事だろう
美しいと
綺麗だと
華麗だと
そして同じ位恐ろしいと・・・

本は見ていた
少し船酔いも混じっていて気持ち悪かったが
船の上で聴き惚れていた
唄を唄うセイレーンに
彼女の唄うものは船を沈ませる
しかし心に響くものばかりである
だから・・・
―――この耳にも唄は響いていた、たとえ船が沈んで藻屑になろうとも・・・この身は彼女の美声の虜になっていた

 

 

 


闇に沈めば全ては同等に堕つる

気付けば既に終わりは近い

世界輪廻巡りの果てに得られる答えは何なのか?

本は、そして真実を識る

 

終話
「過去との決別は果たして・・・」

 

過去、私は魔術師だった
未来、私は本だった
では途中は?
現在は何なのだろう・・・
『目覚めよ、闇に沈みし本よ』
闇に沈みし・・・・・・ああ、そんな名前も持っていた
『開幕の雄叫びは任せよ』
何時も任せきりだった気がする
『代わりに空を飛んでくれぬか』
その問いには今でも答えられない
『――――――』
この声は誰のものだったか・・・
体は動く
感覚もある
感情も機能している
神経は何時も忙しない
脳は考え出した
記録は十分
記憶は―――また紡ぎ出せる
だから思い出せる
やり直せる
未来を作り直せとは言わない
世界だってそんな事は強制しない
私がする事は只一つ
過去をやり直す事
ただ・・・戻るのではなく一から作る
材料は揃っている
仲間も居る
そして待っていてくれていた人も居る
時間を跳躍して
輪廻を超越して
終わりに居てくれた人
それはあの日、別れたまま会う事の無かった人
一言言いたくて今まで人を捨てていた
たった一言の言葉
―――私をここに居させてくれてありがとう・・・母さん

 

本は識った、真実を・・・
だがそれは真の答えなのだろうか?
彼は何処へ行くのか?
過去を如何変えていくのだろうか?
それはこの物語に関わった者達にしか解らない
――――――たとえそれが、世界でも解らない。そして・・・見続けた第三者達にもまた解らない

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