僕は彼女が好きです
狂えるほどに好きです
愛しくなるたびに思い出します
彼女との生活を夢見るほどに好きです
彼女が気付かない程
どんな小さなことでも気付いてみせます
だから僕は彼女が好きです
たとえ彼女が
あとちょっとで首が取れてしまう人形だとしても
僕はそんな彼女が好きです
ほら・・・
ポロッ
・・・取れた
「さあ、夢の続きを見ましょう―――一緒にね」
彼女はそっと僕を抱える
冷たい手だと思った
まるで氷に触れている様な錯覚
体の芯まで凍っていく感覚に抗う訳でもなく
僕は彼女の腕の中で静かに寝息を立てた
「いい子ね。母胎で安らかに眠りなさい―――何時までもね」
その人は笑っている
微笑みというのだろうか
それは女神の様な微笑み
とても和やかな気分になる
眠りながら僕はそれを感じていた
「何時までも、何時までも―――貴方は私の物・・・ウフフ」
まるで捕らえられた蝶みたい・・・
【夢縁宮】
完
忘れ去られた場所
記録から抹消された存在
それは只の残骸
「これ、は・・・?」
一人の少女が見付けたモノは
永い時を経て此処に甦る
何故忘れたのか
如何して置いてきぼりにしたのか
独りで其処に居た
ずっと、ずっと・・・
ワタシは此処に居た
「ふーん、それじゃあ貴方は人間が如何なったのか知らないんだね」
少女の言葉が理解出来ない
ワタシの目の前に居るのはれっきとした人間
自分の様に機械の体を持ってはいない
なのに何故?
「貴方に見せてあげる、今の世界を。人間はね・・・もう、居ないんだよ」
眼下に広がるのは機械の都市
空に在るのは機械仕掛けの月
壁はプラグやコードが伸びている
世界が解らない
自分は、ワタシは、何処に来てしまったのだろうか?
「さあ、アナタも一緒ニ外の世界ニイキまショウ?」
ワタシは目の前の少女が理解出来ない
【機奇械怪】
完
彩り豊かっていうのはこういうのも含まれるのか
君にはそれが分かるかい?なんて聞いた所で目に見えてるさ
発する口が無い
届く耳が無い
感じる腕が無い
記憶する瞳が無い
やあ、死の世界で待っているのかい?
それじゃあもっと早めに開始しないとね
終わり良ければ全て良し?
そういうのは終わってから言う物だよ
さあ、始めるとしよう
黒白に着飾ったレディ
その唇を真っ赤に染めてあげるよ
泣いても誰も来てはくれない
神様にお願いを請うてみなよ
可愛い声で啼いておくれ
「オーケー、貴様の生を剥奪する」
青くて真っ直ぐな空に君の声がこだまする
とっても綺麗なソプラノだ
―――僕を楽しませておくれよ
九門が、掻き消される
深き園か遠き都か
死に至る過程でその身を食らう
我は其を割る者也
大海を隔て大空を裂きし者よ
その身を寄せしは深か遠か
「―――答えよ」
影を越して何を思った?
自身の限りを知った上で何をする?
日が黄昏時に向かう頃
貴女は何処に居ますか?
私を迎えに来てはくれないのですか?
闇が私を縛る
放すまいともがく
「答えて、お願い・・・」
貴女は其処に居ますか?
待っていてくれますか?
微笑んで手をとってくれますか?
「もう・・・」
私の意識はそこで刈り取られたのだろう
憶測であるのは
私自身がその光景を見ていないが為
ねえ、貴女は私を迎えに来てくれたの?
花の咲く様な笑顔で手を引いてくれたの?
―――ねえ、
【十を任された者】
完
僕は貴女が好きだ
何よりも好きだし
誰よりも好きで
詰まる所僕は貴女が好きなんだ
五体が満足していようとも
不満足の極みだろうとも
僕はどんな貴女でも好きだ
例え腕が吹き飛んだりしていようとも
脚が腐っていても
目玉がずり落ちていても
鼻が削ぎ落とされていても
言葉が発せなくても
僕の言う事が理解出来なくても
例えば首だけの不良品に堕とされていたとしても
僕は貴女が好きだ
全体なんて如何でもいいんだ
一部でいいんだ
全部揃って10なら1にも満たない、ましてや0にも近い数で満足するんだ
オールなんて要らない
パーツで事足りる
狂ってるなんて褒め言葉にしか聞こえない
そんなに愛してくれてるんだなんて言われたら
脳味噌が警告を発して容赦無く顔面をタコ殴りしそうになる
そしてそんな事を吐き捨てた奴にこう言ってやるんだ
勘違いするな、これは愛情じゃない、恋だ・・・ってさ
何が違うんだと思うかもしれない
でも僕にとっては全然違う
心から精を尽くして接するか物の様にあから様に使って悦に浸る
ほら、違うだろ、全然違う
そんなのだから人は同族嫌悪で人を殺すんだ
だから僕は貴女を奪うんだ
タオルで濡れた髪を拭く
風呂上りはやっぱりコーヒー牛乳(スティック砂糖4本入り)に限る
・・・と、タオルの隙間から何かが見えた
「・・・?」
廊下の奥に白い影が見える
あんな所に何か置いたっけ?
記憶を掘り返す
しかし思い当たる事も無く
取り敢えず髪の水滴を落とす
「あれ・・・無くなった?」
少し目を離していた隙に消えてしまったみたいだ
とはいっても、さっきまであった物が突然消えて無くなるなんて・・・
「ちょっとのぼせたかな」
目を逸らす
何でもない
ただの見間違いだろう
そう自分に言い聞かせる
髪からタオルを離すと椅子にかける
さてコーヒー牛乳を冷蔵庫から出すかと思い
冷蔵庫がある方の壁を向いた
「は・・・?」
目の端に何かが見えた
それは白い仮面を被った黒尽くめのナニカだった
気になってそっちを向いた俺は
だがしかし遅かった
「くひゃひゃひゃひゃはひゃひゃっはっはひっは」
倒れる
仰向けに天を仰いで
人中に一つのこれまた黒い枝を生やして
「けひゃひゃひゃはやはっははっはっひゃひゃ・・・」
奇怪な泣き声
奇妙な人形(ひとかた)
暗くて虚ろな夜の話
小さな隙間から覗いた世界は何処の世界?
此処ではないけど何処でもない
人間が踏み込んではいけない世界
気を付けよう、怪異はすぐ其処に潜んでいるのだから
【手や足に歪みを感じる人たちのお話】
物理的にではなく、視覚的に感じる
歪みは波打っていて波紋を作る
自分だけでなく、周りの人間にも歪みは存在する
しかし道行く誰も見えてはおらず、気付きもしない
血液が体の中を駆け巡る時の動き
音なんてしないのに、心臓に直結している様な高鳴り
大きく、低く、一定のリズムで歪みは蠢く
出してくれと、ここから出してくれと懇願するかの様に自己主張が激しい
最近になって気付いた事がある
人間が眼球を通して間接的に大脳に記憶した事柄が歪みなのだ
記憶というのは脳に刻まれた一種の象形文字だ
逆に記録というのは、視覚情報と一緒に流れ込んでくる現代文字だ
知識のある者ならば容易に理解出来るが、その条件に見合わない者からしてみれば一生を賭しても不理解のままである
歪みを視認出来得る逸材はこの国を隅々まで探しても、たかだか数百程度
その中の8割が自覚があり、その3割がそれを何らかの役に立て、またその過半数が素知らぬ顔で日常を過ごしている
そしてその中の1人が君だ
さあ、目を開けて
歪みが見えるだろう?
それは君に害を与える事は無いし、妨げになる事も無い
関わらなくても生活に変化は起きない
君は歪みを如何したい?
後世の為に答えを聴こうじゃないか
映せよ、鏡
この世の悪を全てここに
映せよ、悪魔
お前の裡の欲望を全てここに
壊した数だけ幸せになれる、そんな世の中も悪くない
損をした分だけ他人を消せるのなら、そんな世界は独裁者だらけだ
始まりと終わりが全く違ったとしても、途中で何か劇的な事が起こったんだろうと楽しい想像を膨らませられる
死にたいと思っていても、何処かでこの世を愛している
だから・・・
映せよ、鏡
この世の悪を全てここに
映せよ、悪魔
お前の裡の欲望を全てここに
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
鉄血の二文字を刻め
体に刻め、心に刻め
頭の頂から足の裏まで刻み込め
それは罪だ
お前を苦しめる罪だ
それは誓いだ
昔誰かと交わした誓いだ
血は鉄の味がする
鉄は血の様に真っ赤に燃えて熔ける
二つで一つ、二つは一つ
逆説的に言うならば、片側が亡ければその二文字は有り得ない
それを忘れない様に
鉄血の二文字を刻め
己の血液に、他の者の記憶に
刻み込め、原初の二文字