これは誰も知らない世界のお話
その世界に住む人達は死ぬ事を何よりも賞賛する
何故かと言えば、死ねば最高の名誉が与えられ歴史に名を残す事が出来るから
そして、此処にもそんな誉れを手にしたいと願う少女が一人・・・
「死〜に〜た〜い〜の~~~!!!!」
「だから死ねないでしょうがっ!!」
テラスにはしきりに死にたいと叫ぶ少女と
それを羽交い絞めで止める執事の青年
正直これで何度目か分からなかった
少女「私は皆と同じ様になりたいの!だから死ぬの!!」
執事「だから無理な物は無理なんですって!」
少女「隙あり!」
執事「あ!?」
執事の一瞬の隙を突いて羽交い絞めから逃れると
ぴょーん
そんな軽い擬音が聞こえそうなジャンプで少女はテラスから飛び立った
執事はしまったと数秒思って、すぐにその考えを無かった事にした
そして一階まで急がずゆっくり歩いて降りると、其処に居るであろう少女を見た
少女「あ、足痛いぃ・・・」
執事「あー、これは足首捻挫ですね。後で湿布貼りますからケンケンで医務室まで来て下さい」
執事ならお姫様抱っこなり何なりで運べと指摘されそうだが
彼にとっても少女にとっても何時もの事、日常茶飯事なので適切な対応ともいえる
では何故足首捻挫だけで済んだのか?
執事「お嬢様、いい加減二階より上から飛びませんか?」
少女「嫌!そんな高い所から落ちたら凄く痛いじゃない!!」
執事「死ぬ時の痛みは足首捻挫より痛いと思うんですが・・・?」
つまり足首挫いた程度でビクビクしてる様なら死ぬのは無理だ
この執事は遠回しにそう言っているのだが、この少女はそもそも痛い思いをするのが嫌いだったのである
彼女の父親も母親も祖父も祖母も親戚に至るまで
全員が死んで歴史に名を連ねている
自分も早くその中に加わりたいのだろう
だが、今の彼女では当分先になるであろう事は分かり切った事実であった
執事「はぁ、死にてーのはこっちだっつーの」
少女「何か言った?」
執事「いえ、こちらの話です。お嬢様は早く医務室まで行って下さい、でないと患部を蹴りますよ」
少女「悪化するじゃない!・・・あ、でも壊死させて切り落とすっていう手も」
執事「麻酔無しで望まれるのなら泣くまで蹴らさせて頂きますよ」
少女「怖い!?笑顔がすこぶる怖い!?」
死にたくても死ねない少女
後に彼女は人々からこう呼ばれる事になる
―――死にたがり姫と
完
■メモ■
勇気が無い訳ではない
恐怖している訳でもない
ただ彼女にあったのは、「痛い」という思いだけ
無痛であればよかったのに
そうすれば今まで歴史に名を残してきた人達の隣に行けるのに
死にたがり姫は痛みを知っていた
他の誰も知らない歪な思い
他の誰もが感じた事の無い物
何故自分だけがと彼女は考えたが
考えるよりも先に体は動く
だが彼女はいくら飛んでも死ぬ事は出来ない
痛みを感じる限り、彼女は死ねない